【68】温泉リゾート編③ 〜夜の肝試し大会〜
夜のリゾート旅館。
温泉街特有のしっとりとした夜気の中、旅館裏手の森へ続く小道に、提灯がずらりと並べられていた。
「さあ、始まるぞーっ!」
気合い満々に叫んだのは、またしても担任パブロフだった。
「これがリゾート名物、夜の肝試し大会だ!」
「肝試し!?」
「わぁ、楽しそう〜」
「……いや、別に……別に怖くないし」
生徒たちの反応は様々だ。
「ルールは簡単だ。ペアで森に入り、途中にある祠にお札を納めて帰ってくるだけだ!」
「ペアはランダムくじ引きで決定する!」
「うおおぉぉ……!」
男子たちが無駄に盛り上がる。
(ま、まぁ、ただの肝試しだろ……)
そう思いつつ、アーシスもくじを引いた。
くじを開くと──。
【アップル=チェチェンティン】
(アップルか!)
ちらっと向こうを見れば、アップルも自分のくじを見て、ぱあっと顔を輝かせていた。
「アーシス!よろしくねっ!」
「お、おう……よろしく」
ちょっとだけ、顔が熱くなるアーシスだった。
◇ ◇ ◇
夜の森。
足元を提灯のぼんやりとした光だけが照らす。
「う、うう〜〜〜……やっぱり夜の森って、こわいねぇ……」
アップルがアーシスの袖をそっと掴んでくる。
(……こ、これは、男としては頑張らねぇとな)
「だ、大丈夫だって。ほら、俺がついてるからよ」
「……うん!」
アップルは少し顔を赤らめながら、ぎゅっとアーシスの袖を握った。
二人は提灯の明かりを頼りに、森の奥へと進んでいく。
◇ ◇ ◇
一方そのころ。
別のペア、シルティとマルミィもまた、森を進んでいた。
「う、うぅ……こ、こわいですぅ……」
「ば、バカ、怖くなんかないし!……ないし!」
震えるマルミィの横で、シルティも肩をガチガチにして強がっていた。
だが、バサッ!と茂みが揺れた瞬間──。
「きゃあっ!!」
マルミィがシルティに抱きつく。
「ば、ばか!ち、近い!!」
顔を真っ赤にしながらも、シルティはマルミィの手をしっかり握り返していた。
「だ、だいじょうぶ……だから……」
小さな声で、ぎこちなく言葉をかける。
──二人の間にも、ちいさな絆が芽生えていた。
◇ ◇ ◇
森の中央、祠にたどり着いたアーシスとアップル。
「ここだな」
「う、うん……こ、こわいけど……いくね!」
アップルはお札を胸に抱え、恐る恐る一歩踏み出した。
その時。
ぱんっ!
「きゃあああああ!!」
突然、隠れていた教師陣が爆竹を鳴らして脅かしてきた!
「お、おい!それはズルだろ!!」
「へっへっへっ、これも修行だ!」
「ひぃぃぃぃぃん!!」
アップルが涙目になってアーシスに飛びつく。
そのまま、二人はどたばたと転がった。
──だが、それでも。
「よし、アップル、行こうぜ!」
「う、うん!」
ふたりは手を取り合い、無事にお札を納めることに成功した。
◇ ◇ ◇
肝試しが終わった帰り道。
アップルはぽつりと呟いた。
「……アーシスと、一緒だったから、がんばれた……」
「はは、俺もだよ」
アーシスは自然に笑った。
それは、恋と呼ぶにはまだまだ小さな、小さな──けれど確かな「芽生え」の瞬間だった。
──夜の森には、まだかすかに、ふたりの笑い声が響いていた。
(つづく)




