【55】ヴァード隊マァリー、規則を超えて
怒りのネーオダンジョン崩壊から数日後。
ウィンドホルム郊外に、小型のダンジョンが新たに発見された。
◇ ◇ ◇
冒険者育成学校・1年A組。
「というわけで、そのダンジョンは立ち入り禁止だ。ギルドが調査を進めるから、学生は絶対に近寄らないように」
担任のパブロフが告げると、教室内にざわめきが広がった。
「……ふん、そんな小さなダンジョン、俺が行って攻略してやるぜ」
グリーピーが不敵に呟く。
「ちなみに、ダンジョン内にはC級〜B級の魔物が群れているとの報告だ」
「みんな、絶対に近づくんじゃないぞ!!」
即座に態度を変えるグリーピー。
教室には乾いた笑いが響いた。
◇ ◇ ◇
放課後。
アップルは一人、アルバイトで貯めたお金で実家への贈り物を買っていた。小さな包みを両手に抱え、郊外の配送サービスへ立ち寄る。
(……先生が言ってたダンジョンって、たしかこの先だよね)
ふと視線を向けたその時だった。
5〜6歳ほどの小さな女の子が、森の方へ駆け出していくのが見えた。逃げるウサギを追いかけ、森に吸い込まれていく。
「ま、待って! だめだよ!」
咄嗟に荷物を投げ捨て、アップルは後を追った。
森を抜け、女の子は立ち入り禁止のロープを越え、ダンジョンの入口へ——
「だめぇ!!」
必死の叫びも虚しく、女の子の姿は、ダンジョンへと吸い込まれていった。
(……今から助けを呼びに行ってたら、間に合わないかも……)
脳裏に、パブロフの厳しい言葉がよぎる。
(でも……)
アップルは歯を食いしばった。
「……行くしか、ないっ!」
跳び込むように、ダンジョンの暗闇へ駆け込んだ。
◇ ◇ ◇
街中。
「はあ……はあ……誰か、助けてくれぇ!」
配送スタッフが汗だくでギルドへ走る途中、偶然ヴァード隊の制服を着た二人と出くわす。マァリーと、その部下リットだった。
「何かあったのか!?」
「学園の子が、ダンジョンに一人で入っちまったんだ!」
事情を伝え、配送スタッフはそのまま走り去っていった。
「…今からギルドに行っても、間に合わないかもっすねぇ」
「……そうだな」
マァリーは苦々しくグラスを握りしめた。
「…ヴァード隊はあくまで、街を守る防衛部隊。"モンスター討伐やダンジョン攻略はギルドの管轄"ってのが王国の方針すからね」
わかりきった事を説明するリット。
「……そうだな」
グラスを持つマァリーの手にさらに力が入る。
「………で、どうするんですか?」
ギリ、とグラスを強く握り、マァリーは静かに呟いた。
「…決まってるだろ…… 断る!!」
グラスは見事に粉々に砕け散った。
マァリーは剣を腰に、飛び出した。
「やれやれ…」
後を追うリット。
「リット!始末書の準備しとけよ!」
「了解」
「それと、グラスも弁償しとけ!」
「はいはい」
「"はい"は一回!」
ごつん、というゲンコツの音が街にこだました。
◇ ◇ ◇
ダンジョン内部。
「……どこ、どこなの……」
アップルは必死に女の子を探していた。
暗く枝分かれする通路に、心細い声が響く。
「う……うわぁぁぁ!!」
右の通路から、女の子の悲鳴が上がった。
駆け寄ると、魔物に追われる幼い姿。
「間にあえっ!」
アップルは咄嗟に防御シールドを展開。
ギリギリで女の子を守り、魔物に向き直った。
ヒーラーであるアップルには、攻撃手段は限られている。 それでも、バフ魔法を重ねがけし、自身を強化して魔物に挑みかかる。
「やああああああ!!」
必死の一撃。なんとか一体を倒した。
だが——
通路の奥から、さらに魔物たちの影が迫ってきた。
(……どうしよう……)
抱きしめた小さな命を、アップルはぎゅっと腕に力を込めて守る。
(負けない……絶対に……!)
その時だった。
ザンッ!!
音もなく駆け込んできた剣閃が、魔物たちを一掃した。
「——遅くなった!」
現れたのは、ヴァード隊のマァリーとリットだった。
「マァリーさん……!」
(規則違反だって? 知るか!)
マァリーは不敵に笑った。
その顔には、覚悟と誇りが宿っていた。
「誰がなんと言おうと……私は、君たちを守る!!」
◇ ◇ ◇
二人の加勢で、ダンジョン内の魔物たちは一掃された。
「ありがとう……マァリーさん……」
外に出たアップルは、深々と頭を下げた。
「礼なんかいらないさ」
マァリーはぽん、とアップルの頭に手を置き、優しく撫でた。
そして、帽子の隅からそっと飴玉を取り出し、うるうるとした瞳の女の子に優しく手渡した。
(どこから出したんだ……)
リットは目を丸くしていた。
振り返ってマァリーは言う。
「だって私たちは、同じだろ?
……誰かを守るために、剣を振るってるんだ」
オレンジ色に染まる夕陽の中、マァリーは静かに微笑んだ。
——たとえ規則を破ったとしても。彼女は、誇り高き「守護者」だった。
「……あの、隊長、僕にも飴くれませんか?」
空気を読むことを知らないリットをにらみ、マァリーは叫ぶ。
「断る!!」
即答だった。
──その頃、駆けつけたギルドスタッフ、マーメルも顔を見せた。
「みなさん、ご無事でよかったです……」
「……あなたは、ヴァード隊の……無許可でダンジョン介入するのは……」
「ふん、罰はちゃんと受けるさ。……リットがな」
「えぇぇええぇぇ!?!?」
絶叫するリットを無視して、マァリーはふっと空を見上げた。
「……魔王がいなくなって、逆に魔物が増えてるなんて……皮肉ですね」
マーメルがポツリと呟く。
その言葉に、一瞬マァリーは振り返ったが、意味は聞き取れなかった。
その影で、世界はまた静かに動き始めていた——。
(つづく)