【54】新たな転入生騒動
冒険者育成学校、昼休みの教室。
「へへ、ラッキーだぜ。テラスおばさんの極上玉子焼き弁当が売り切れてなかったなんてな!」
アーシスはひときわ嬉しそうに、包みを開いて笑顔を浮かべていた。
「いっただきまーす!」
箸を伸ばした瞬間だった。
──ぬるっ。
玉子焼きが、するりと箸をかわして空中にふわふわと浮き上がる。
「……え?」
ふわり、くるくる、ぴゅっ。
玉子焼きは宙を舞い、ふっと消えた。
「わっ!?」
今度は隣の席、マルミィのお弁当からタコさんウィンナーが飛び出した。
「わ、わたしのタコさん……!?」
その後も、教室のあちこちで、おかずが、揚げ物が、果てはご飯粒までが宙に浮かび、弧を描いて教室中から消えていく。
「きゃあ!?」
「何これ!?」
「わたしの焼きそばパンがぁああ!!」
教室は一瞬でパニックに包まれた。
「マルミィ、魔力感じた……?」
アップルが身を乗り出して尋ねる。
「……感じて、ません……」
「ってことは……魔法じゃないってことか?」
──その時、突然教室の隅で声が響く。
「ふ……エレキネシスか」
妙に知った風な顔で目を閉じ、腕を組んでいたのはグリーピーだった。
(また何か変なこと言い出したぞ……)
と、全員の心に同じツッコミが走ったその時──
窓際の席でシルティが食べようとしていたリンゴが、空中へふわりと逃げ出した。
──次の瞬間。
鞘に収まった剣が、雷のごとき速さで空を突く。
──ごすっ。
「ぐほぉっ!!」
宙から何かが落ちた。
シルティは落ちてきたリンゴをキャッチし、平然とひと口。
「……ふん、シャリ」
その直後、空間がゆがみ、落ちた場所に一人の“人影”が浮かび上がる。
忍装束。全身黒ずくめ。目元だけ出して、なぜかお弁当を抱えている。
「……よ、よくぞ我が“隠れ身の術”を見破ったでござる……!」
女生徒たちは小声で囁き合う。
(……やっぱりエレキネシスとやらじゃなかったのね……)
そこへ、ガラリと教室のドアが開いた。
「なんだ、もう教室に来てたのか。
みんな、席につけ。転入生を紹介するぞ」
現れたのは担任、パブロフ。
◇ ◇ ◇
「今日からこのクラスに転入してきた、ナスケだ」
傍に立つ忍者姿の少年が胸を張った。
「我こそは、毬栗の里から参ったナスケ=ムラサキ! 今日からこのクラスにお世話になるでござる! よろしくでござる!」
しーーーーん。
第一印象の悪さから、教室からは見事な静寂が返ってきた。
そんな時、グリーピーが声をかける。
「おい転入生、ここの席が空いてるぞ。先生、いいですよね?」
「ああ。それじゃあナスケ、お前はおパン…、グリーピーの隣の席だ」
隣に来たナスケにグリーピーがこそこそと話しかける。
「先ほどの忍術、なかなかだったな」
「当たり前でござる、忍者たるもの、人知れず姿を消せなければ恥でごさる」
「だが、使い方がなっていない」
「なに?……でござる」
「いいか、ごにょごにょごにょ…」
グリーピーが耳打ちする。
「な、な、なんと…でござる…」
怪しい。実に怪しい。
アーシスは眉をひそめ、二人をじっと見つめていた。
◇ ◇ ◇
休み時間。
こそこそと教室を抜け出したグリーピーとナスケが向かったのは……女子更衣室。
中からは着替え中の女子たちの笑い声が聞こえてくる。
鼻息を荒くした二人は、まさに突入寸前。
「……あいつら」
怪しい二人の後を追ってきたアーシスが、二人を呼び止めようとするが間に合わず、二人は女子更衣室の中に入っていった。
!!
あわてて追いかけ、アーシスも女子更衣室に入る。
──女子更衣室は、中に入ると入口付近にスペースがあり、さらに奥に扉がある。
女子達はその扉の奥で着替えをしているようだった。
幸い、入口スペースには生徒は誰もいなかった。
しかし、アーシスが声をかける間もなくナスケの忍術発動、二人は姿をくらました。
!?
「っ、くそ……」
あせるアーシス
(どーする、こうなったら……)
「のぞき魔が出たぞー!!気をつけろー!!」
アーシスは奥の部屋まで聞こえるよう、大きな声で叫んだ。
──ハッとするアーシス。
(やべ……ここにいたら俺が"のぞき魔"にされちまう)
慌てて横の扉に隠れようとしたその瞬間──
「……えっ」
そこには、下着姿のシルティがいた。
「ご、ごめん!!」
慌てて出ようとしたその腕を、シルティが掴む。
!?
「どこだー痴漢ー!!」
「こらーー!!」
扉の外では、女子たちがドタドタと騒いで外に出ていった。
──シルティはアーシスを匿ってくれたのだ。
「……みんな、行ったみたい。出るなら今だ…」
「か、匿ってくれたのか?」
「……エピック・リンクのリーダーが痴漢じゃ、シャレになんないでしょ…」
「確かに」
そう言ってアーシスは笑いながら振り返った。
「……あ」
──目の前には、改めて見るシルティの、完璧すぎるプロポーション。
──ぱちん!
響き渡るビンタの音が、更衣室にこだました。
◇ ◇ ◇
その後、捕まったナスケとグリーピーはパンツ一丁で屋上から逆さ吊りにされていた。
「まったく……とんでもない転入生が来たわね……」
アップルが呆れたように窓の外を見ながら言った。
その隣で、アーシスの頬には真っ赤な手形がくっきりと残っていた。
「アーシス、それ……どうしたの?」
「……な、なんでもねぇよ……」
その言葉に、マルミィとアップルが首をかしげたまま、今日も平和(?)な一日が過ぎていったのだった。
(つづく)