【53】ネーオダンジョン編 番外話 〜強さの先にあるもの〜
ネーオダンジョン攻略から数日後。
冒険者育成学校では、再び平穏な日常が戻りつつあった。 だが——アーシスの心は、どこか重たい霧に包まれていた。
(あの時……俺は……)
思い出すのは、あの一瞬。
怒りの守護者の前に、仲間が次々と倒れ、自分だけが残された時。
にゃんぴんの身体から溢れた黒紫のマナが、自分の体内に流れ込んだ。
その時、自分は恐ろしいほどの魔力を感じた。
体が燃えるようで、剣の一撃が風を裂いた。
だが——その力は自分のものじゃない。
(あれは……何だったんだ?)
「……にゃんぴん」
アーシスは、放課後の中庭で浮いているにゃんぴんに声をかけた。
「……あの時のこと、聞いてもいいか?」
「にゃふ〜?」
空中をくるくる回っていたにゃんぴんが、アーシスの肩にぴたっと着地する。
「お前から、あのマナが出たよな? 俺、それで……強くなった気がして……でも、すぐ消えた」
にゃんぴんは小さく首を傾げて言った。
「ふにゃ〜……にゃんぴんにもよくわかんにゃい〜」
「……ほんとかよ?」
問い詰めるような視線を向けるが、にゃんぴんはそれ以上何も言わなかった。
けれど——その目の奥に、一瞬だけ何かを隠すような光があった。
アーシスはそれを追及せず、ただため息をついた。
(……結局、俺は、あの時だって——何もできなかった)
◇ ◇ ◇
次の日から、アーシスは今まで以上に、真面目に、激しくトレーニングに励みはじめた。
誰とも言葉を交わさず、一人、剣を振る日々。
その変化に、仲間たちは気づいていた。
「アーシス……最近、ちょっと、ピリピリしてるよね」
アップルが、おやつの梨をかじりながら呟く。
「……きっと、ネーオダンジョンのこと、気にしてるんだと思う」
マルミィが寂しそうに目を伏せた。
「じゃあ、ほっとけってわけにはいかないな」
シルティが言って、三人は顔を見合わせ、うなずき合った。
◇ ◇ ◇
翌日、訓練場。
汗だくになりながら剣を振っていたアーシスに、三人が声をかけた。
「アーシス!」
振り返ると、そこにはシルティ、マルミィ、アップル——そして、にゃんぴんの姿があった。
「何やってんのよ、一人で。バカじゃないの?」
アップルが腕を組んで睨んでくる。
「私たち、仲間、です……一緒に成長していこうって、言ったです……」
マルミィが小さな声で言った。
アーシスは目を伏せ、何も言わなかった。
すると、シルティが前に出て、アーシスの胸ぐらをがしっと掴んだ。
「強くなるってのは、一人でなるもんじゃないんだよ。私たちは、同じパーティなんだぜ?」
その言葉に、アーシスの肩から力が抜けた。
そこへ、にゃんぴんがぴょん、と飛び乗る。
「強くなっても、ひとりじゃ意味ないにゃ〜」
なぜか真顔。
「にゃんぴん……」
しばらく沈黙が流れたあと、アーシスはようやく笑った。
「……はは。わかったよ。ありがとう、みんな」
それは、ネーオダンジョンでの絶望の後、ようやく戻ってきた、いつものアーシスの笑顔だった。
「……よし、鍛錬再開だ!今度は、みんなでな!」
「「「おーっ!」」」
再び交わされた声と笑顔。
それは、絆があったからこそ乗り越えられる“弱さ”を認め合った証だった。
誰もが“強く”なりたい。
だけど、心のどこかで、それ以上に“誰かと一緒にいる強さ”を求めている。
──そしてそれこそが、“エピック・リンク”の真の力なのだと、アーシスはこの時、少しだけ理解し始めていた。
(ネーオダンジョン編、完)




