【49】ネーオダンジョン編② 〜怒りの迷宮と転移石の匂い〜
ギルドマスター・エリオットは、近隣の街のギルド支部へと高ランク冒険者の派遣を要請していた。
だが到着までには、どうしても時間がかかる。
その間——モンスターたちが街へ溢れ出してしまうのを防ぐ必要がある。
「せめて足止めだけでも……」
その願いを受けたのは、冒険者育成学校の1年生たち。 街の警備は教師たちが担い、選抜された急造パーティはネーオダンジョンへと向かうことが決まった。
◇ ◇ ◇
──重い空気が、空を覆っていた。
燃えるような夕陽を背に、選ばれし生徒たちが森の奥を進んでいく。
その先に待つのは、突如発生した“レッドカード”ネーオダンジョン。
苔むした遺跡の一角、まるで大地に穿たれた傷のように、禍々しい裂け目がぽっかりと口を開けていた。
「ここが……」
アーシスは、喉を鳴らすようにして言葉を絞り出す。
目の前から放たれる、熱と怨嗟の気配。
肌にまとわりつくような湿った熱気が、じわじわと骨の奥まで染み込んでくる。
「……行こう」
シルティが短く言った。
その声には、いつもの落ち着きとは違う、鋭く張り詰めた緊張が滲んでいた。
一歩、また一歩。
アーシスたちは、夕闇の中、裂け目へと足を踏み入れていった。
◇ ◇ ◇
内部はまるで、巨大な生き物の体内のようだった。
熱を帯びた空洞。赤黒い岩肌。
時折マグマのように吹き出す蒸気。そして、無数に仕掛けられた凶悪な罠の群れ——。
「にゃふ〜……ここ、相当ヤバいにゃ」
にゃんぴんが空中をふわふわと浮きながら、耳をぴくりと動かした。
「このダンジョンは……“怒り”の性質にゃ。炎、爆発、それとトラップ……気をつけるにゃ!」
その瞬間——
「わぁああああっ!?」
「パット!?」
ドシュウウウン!
足元の仕掛けが作動し、パットが吹き飛ばされた。
岩壁に頭をぶつけ、もと来た道へ豪快に転がって戻ってくる。
「い、今の見た!? あれ罠!? まじで!?」
「こ、怖い……」
アップルが涙目で膝を抱える。
その後も、進むたびに現れる凶悪なトラップ。
突然落ちてくる天井、横から飛び出す火矢、地を走る炎の裂け目。
ナーベとアップルはひっきりなしに回復魔法を使い、シルティとダルウィンが前衛で仲間を守り、マルミィは冷静に火属性への耐性結界を展開した。
「……このダンジョン、冗談抜きで殺しにかかってきてるわね……」
プティットが肩で息をしながら呟いた。
「でも……!」
アーシスは剣を構えたまま、前を見据える。
「この先に“転移石”があるんだ。あれを破壊しなきゃ、街に被害が広がる!」
「……でも、どこにあるの? その石」
ナーベが冷静に問いかける。そのマントに付いた壺が、ほのかに光っていた。
(……レッドカードダンジョンでは、“転移石”が魔物の出口だと聞いている。それを破壊しないと……!)
「このまま迷ったら、魔力切れで全滅だよぉ〜……」
アップルが地面にへたり込んだそのとき——
「……くんくん……」
空気を裂くような音と共に、にゃんぴんの鼻が動いた。
「……匂うにゃ。転移石の匂いがするにゃ!」
「え、ほんと!?」
「ほんとにゃ! この先、右の通路。もっと深い場所にある気配がするにゃ!」
仲間たちの目に、希望の光が戻る。
「よし……! にゃんぴんの鼻を信じよう!」
アーシスが叫んだ。
「任せるにゃ〜! にゃんぴん、案内するにゃ〜!」
◇ ◇ ◇
仲間たちは、にゃんぴんの導きで“セーフティゾーン”へと辿り着いていた。
そこは魔力の流れが穏やかで、罠も魔物の気配も感じられなかった。
「……いったん、休憩ね」
「みんな、お疲れ……」
ナーベとアップルが順に回復魔法を展開する。
傷ついた仲間たちは、ようやく短い安らぎを得た。
「ここまで来ただけでも奇跡だわ……」
「にゃんぴん様様ですね……」
だが、安堵の中にも、まだ不安は残る。
「この先に……本当に転移石があるのか?」
ふと漏れた問いかけに、アーシスは立ち上がる。
「行くしかないだろ?……俺たちがやるしかないんだ。ここで終わりになんか、させない……!」
その瞳には、確かな決意が宿っていた。
「くんくん……にゃふ〜〜。方向、ばっちりにゃ! ついてくるにゃ〜!」
こうして、彼らは“怒り”の迷宮のさらに奥へと踏み込んでいく。
その先に、恐るべき守護者と絶望が待ち構えているとは知らずに——
(つづく)




