【4】剣戯の幕開け
──転入から二日目。
陽光が降り注ぐ校庭に、1年A組の生徒たちが整列していた。
目の前に立つのは、浅黒い肌に筋肉質な体躯、長いポニーテールを揺らす女戦士。
元冒険者にして、今日の実技授業担当──ファラド=ガイスト教官だ。
「さて!転入生も入ったことだし……」
ファラドはにやりと笑いながら声を張り上げる。
「今日は“腕試し”だ。適当に二人組を作って模擬戦をやってもらうぜ!もちろん本気でなァ!」
生徒たちがざわめいた。
急な展開に戸惑いながらも、目はどこか期待に輝いている。
アーシス=フュールーズも、その一人だった。
「へぇ……模擬戦か。おもしろそうじゃん」
楽しげに笑うアーシスを、周囲の生徒たちはちらちらと見ていた。
「誰があいつと組むんだ?」
「ていうか、あいつ強いの?」
「朝礼のとき、担任が“腕試しされに来たのか?”って言ってたぞ」
探り合う空気の中──。
「ほう、なら俺がやってやろう」
一歩前に出たのは、貴族風の装いに身を包んだ少年。
グリーピー=ビネガー。
昨日、アーシスにちょっかいをかけてきた相手だ。
「田舎者と領主の息子、どちらが上か……はっきりさせてやるよ」
高慢な笑みを浮かべるグリーピーに、アーシスはあくまで軽い口調で答える。
「ん?いいけど……手加減はしないぜ?」
円形に開けられた模擬戦場。
生徒たちが取り囲み、固唾を呑んで見守る。
「いくぞォォ!」
ファラドの号令と共に、戦闘開始!
グリーピーは小太刀を両手に抜き、高速で踏み込んだ。
「この速さについてこられるかぁッ!」
だが。
アーシスは一歩も引かず、剣を鞘に収めたまま── するりと、その攻撃を回避した。
「お、すごいすごい。でも──」
次の瞬間。
アーシスは一歩踏み出し、鞘ごと剣を突き出した。
寸止め。
グリーピーの胸元、ど真ん中に、ぴたりと止まった一撃。
「──はい、ここね」
軽い声で宣言する。
「ピィィィィィ!」
ファラドが勢いよく笛を鳴らした。
「勝負ありィィ!アーシスの勝ちッ!」
生徒たちが一斉にざわめいた。
「すげぇ……鞘のまま……」
「……マジかよ……」
赤髪の少女、シルティ=グレッチは腕を組みながら低く呟いた。
「……鞘のままで……ありえない」
青髪の少女は、驚きに息を飲む。
アップル=チェチェンティンは、目をキラキラさせながら両手を胸の前でぎゅっと握りしめていた。
一方、負けたグリーピーは、唇を噛みしめながら立ち上がる。
「……ふん、たまたまだ」
「…またやろうぜ。今度はちゃんと剣を抜くよ」
アーシスはにかっと笑いながら右手を差し伸べた。
グリーピーはそれを無視して、悔しそうに背を向けた。
「お前、面白いな!」
ファラドはアーシスの肩をバンバンと叩いた。
「これ、他の教師にも見せたいくらいだぞォ!」
豪快に笑う女戦士──
遠くの校舎の窓からその光景を見ていた男が、ため息まじりに呟いた。
「……また面倒な子が来たな」
1年A組担任、パブロフ=エヴァンス。
彼のメガネの奥の瞳が、どこか楽しげに細められた。
(つづく)