【48】ネーオダンジョン編① 〜迫る異常、迫られる決断〜
ウィンドホルムのギルド支部。
静まり返った応接間には、分厚い報告書と書類の山が静かに積み上げられていた。
「……ちょ、ちょっと待ってください。いくら本部からの依頼とはいえ、そんなに一度に上位パーティを遠征に出してしまったら……」
声を荒げたのは、ギルドマスター・エリオット。
彼の眉間には深いしわが刻まれ、手に握った報告書はわずかに震えていた。
「この街には、下位の冒険者しか残らなくなってしまいますよ……!」
対するのは、全身を重厚なフルプレートで覆った異形の存在——ダークデンジャー。
ボイスチェンジャーによって変調された無機質な声が、静かに部屋に響いた。
「……これは“総帥”からの命令だ」
たった一言。
その圧に、エリオットは沈黙するしかなかった。
部屋に再び静寂が訪れる。
ダークデンジャーのヘルムの奥——その仮面の下にある“本当の表情”を、今は誰も知る由もなかった。
◇ ◇ ◇
霧が薄く立ちこめる、森の奥地。
まだ誰の足も踏み入れていない静かなその場所に、一人の影が立っていた。
フルプレートの鎧に身を包み、剣も抜かずただじっと地面を見つめている。
「……やはり、ここか」
ダークデンジャーは低く呟くと、手をかざし、空中に魔導の空間ボックスを開いた。
その中から取り出したのは、黒紫に歪んだマナを宿した結晶石。
「………」
ためらう様子もなく、その石を地面へと投げ落とした。
ゴォォォ、
と低いうねりが森の奥へと広がっていく。
その音は、まるで“怒り”そのものの咆哮のようだった。
——こうして、世界のバランスを揺るがす“ネーオダンジョン”の発生は、静かに始まった。
◇ ◇ ◇
数日後。
冒険者育成学校の昼休み。
教室には、いつも通りの賑やかな笑い声が響いていた。
「よーし、マジックボール出すぞー!」
「どりゃあああっ!」
「ちょ、アーシス、打ちすぎっ!」
その時——
バァン!!
勢いよく扉が開かれ、そこに現れたのは血の気の引いた顔で立つ、ハーフエルフの女性、マーメル=サシャインだった。
「……マ、マーメルさん!? どうしたんですか!?」
アーシスが慌てて駆け寄り、ふらつく彼女を支える。
「……緊急……事態……ギルドマスターから……校長に……伝言を……」
教室に一瞬で緊張が走る。
◇ ◇ ◇
校長室。
「ネーオダンジョン……?」
アーシスは、その聞き慣れない言葉を繰り返した。
「魔王討伐以降、不定期に世界各地で発生している異常なダンジョンよ」
マーメルが冷静な口調で説明を始める。
「感情に反応し、それぞれ特異な性質を持つ。今回のは……“怒り”の性質。そして……“レッドカード”よ」
「レッドカード……」
アップルが声をひそめた。
「レッドカードダンジョンとは……モンスターが“外”に出てくる、最も危険なダンジョンだ」
校長が重い口調で言い添える。
「すでにモンスターが街を襲い始めています……しかも、今この街には上位冒険者が一人も残っていない……。
……攻略しろとは言いません。お願い…せめて時間をかせいでほしいの」
マーメルの訴えに、皆が押し黙った。
そんな中、静かに口を開いたのは、担任・パブロフだった。
「……ちょっと待て。こいつらは、まだ学生だぞ」
校長室の空気が、重く固まる。
そんな中──
「……学生とか関係あるかよ。困ってる人がいるなら、やるしかねぇだろ!」
アーシスの一言に、空気が変わった。
「……そうだな…」
シルティが一歩前へ出る。
「遅かれ早かれ冒険者になるんだ。怯んでる場合じゃない」
「……やる、です。わたしも、全力で……!」
マルミィの青い髪が揺れ、決意の炎がその瞳に宿る。
こうして集められた、急造の選抜パーティ。
アーシス、シルティ、マルミィ、アップル、にゃんぴん。 加えて、ナーベ、プティット、パット、ダルウィン。
“怒り”という名の災厄へ挑む、九人の冒険者候補生たち。 今、運命の扉がゆっくりと開かれようとしていた——。
(つづく)




