【47】銅像バスター事件簿 〜冒険者ギルドでアルバイト!?〜
それは、風の気持ちいい日の昼下がりだった。
冒険者育成学校の校庭で、アーシスたちは魔法球を使ったバレーボールに興じていた。
マルミィが即席で作った「マジックバレーボール」は、思いのほか弾力があり、宙に浮いている時のスピードがやたらと速い。
「いくぞー! 俺の《エピックスマッシュ》!!」
アーシスが気合い十分に跳び上がり、渾身のアタックを叩き込んだ。
——ボガンッ!!!
ボールは一直線に飛び、校庭の向こうの銅像を直撃。
……そう、そこに立っていたのは、ガンドール校長の銅像であった。
……パキィンッ。
鋭い音とともに、校長の銅像は綺麗に真っ二つに割れて地面に崩れ落ちた。
「……あ」
「……あーーー」
全員が硬直する中、轟く怒声。
「こらぁああああああ!!!
わしの顔が割れとるじゃろうがああああ!!!」
すごい勢いで走ってきたガンドール校長の後ろで、担任のパブロフが額に手を当ててため息をついた。
「え、えっと……これはつまり……」
「アーシスがやりましたー!」
アップル・マルミィ・シルティ、声をそろえて一斉に指差す。
「お、おまえらああああああ!!!」
◇ ◇ ◇
数日後——。
「まさか、弁償のためにギルドでアルバイトさせられるとは……」
制服のまま、街のギルド支部の前に立つアーシスは、どこか切なげだった。
ガチャッ。
「いらっしゃい……あら? あなた、もしかして」
受付カウンターの奥から顔を出したのは、長いサイドポニーを揺らす、メガネのハーフエルフ女性だった。
「久しぶりね。以前、道を案内してあげた……覚えてるかしら?」
「あっ、あのときの!」
「私はマーメル=サシャイン。ここのギルドのスタッフよ……今日からよろしくね?」
「よ、よろしくお願いします!」
こうして、アーシスのアルバイト生活が始まった。
◇ ◇ ◇
最初に任されたのは「掲示板の依頼張り替え」。
古い依頼を剥がし、新しい依頼書を整えてピンで止めるだけの作業……のはずが、
「ぐわっ!? このピン、めっちゃ硬い!?」
「力だけじゃダメよ、コツがいるの。ほら、こうやって」
マーメルの見本を見せられ、アーシスは思わず感心する。
「さ、さすがプロ……」
その後も、ポーションの瓶詰めや、受付データの整理、果ては荷物の搬入までこなし、昼過ぎにはもうぐったりだった。
そんな時——。
「アーシスく〜ん!お仕事中〜?」
ギルドの扉が開き、制服姿のアップルたちがぞろぞろと入ってくる。
「なんでお前らここに……!」
「冷やかしだよ〜!」
「お仕事ちゃんとできてるかな〜って!」
「記録用に爆発はまだですか?」
「しないからっ!!」
受付のマーメルが小さく笑う。
「ふふ、人気者ね、あなた」
◇ ◇ ◇
午後になると、ひときわ重厚な扉が開き、長身の男性が現れた。
灰色のローブに、ギルドの紋章が刻まれた金のバッジを胸につけている。
「君が……アーシスくんか?」
「は、はい!」
「私はこの街のギルドマスター、エリオット=ガレオンだ。噂は聞いているよ。
《クラス対抗戦》と《合同合宿》、なかなかに頼もしい活躍だったそうじゃないか」
「い、いやぁ……そんな、大したことは……」
「その素直さ、悪くない。受付嬢が君のこと、褒めていたぞ」
「えっ……あっ……」
照れるアーシスを横目に、マーメルが少し頬を染めて目をそらしていた。
◇ ◇ ◇
夕方——。
「おわったぁぁぁ……」
ギルドのカウンターにもたれかかりながら、アーシスは魂の抜けたような声を漏らした。
制服の襟は少し乱れ、額にはうっすらと汗。丸一日働いた少年の姿には、戦闘訓練では得られない独特の疲労感が滲んでいた。
「お金を稼ぐって、大変なんですねぇ……」
思わず漏れる呟きに、目の前のマーメルがくすりと笑った。
「ふふ……お疲れ様。よく頑張ったわね」
やさしい声と共に差し出されたのは、彼女の手からふわりと放たれる小さな回復魔法。
疲労がすうっと体から抜けていくような心地よさに、アーシスは目を細めた。
「……アーシスくんが、ちゃんと冒険者になったら——その時は、私が専属で担当してあげるね?」
「えっ、本当ですか!?」
思わず身を乗り出すアーシスに、マーメルはメガネの奥で目を細めて微笑んだ。
「もちろん、ご指名お待ちしてます♪」
それは、真面目で誠実な彼女なりの、とびきりの“応援”だった。
◇ ◇ ◇
ギィ……。
ギルドの扉が重たい音を立てて開くと、待っていたのは、アーシスの仲間たちだった。
「お疲れ〜〜!」
アップルが手を振り、マルミィが小さく微笑む。シルティは何事もなかったかのように手をポケットに入れたまま頷いた。
「お、お前らぁぁぁ……!」
アーシスは思わず叫ぶ。だが、その顔はどこかほっとしていた。
「まあまあ、もう終わったことだし」
「実際、銅像壊したのはアーシスだしな」
「ま、まあ、でも……がんばったんですよね!」
そんな調子で、エピック・リンクの仲間たちは夕暮れの道を肩を並べて歩き出す。
西の空には茜色が広がり、やさしい風が彼らの背中を押していた。
◇ ◇ ◇
ギルドの入口。静かに扉の傍に立ち、マーメル=サシャインはその光景を見送っていた。
少年の背に揺れるマント、その肩に乗る青いふわふわの影、そして笑い声を交わしながら帰っていく四人の背中。
「ふふ……かわいい子ですね」
胸元に抱えたバインダーにそっと指をかけ、マーメルは柔らかく微笑んだ。
隣では、ギルドマスター・エリオットが無言でパイプを咥えたまま、その視線を空の彼方へと向けていた。
静かな夕暮れ。
明日もまた、冒険は続いていく。
(つづく)