【44】凱旋 〜それぞれの帰還〜
風は少しひんやりとして、今日という日が名残惜しそうに、最後の余熱を残していた。
仮想訓練場に広がる静寂。
生徒たちが去ったあとのその場所に、一人の男が立っていた。
冒険者育成学校・一年A組担任、パブロフ。
スーツの裾を風に揺らしながら、彼は無言で、斧獣が現れた場所を見つめている。
(……やはりおかしい。あのモンスターの出現。あの結界の破れ方。そして、あの猫──)
つぶやくこともなく、ただじっと目を細める。
(何かが……はじまっている)
風が彼の眼鏡の縁を、かすかに光らせた。
◇ ◇ ◇
秋晴れの午後。
冒険者育成学校に、久しぶりのざわめきが広がっていた。
合宿を終えた生徒たちが帰還したのだ。
「いや〜……帰ってきたなぁ。なんだか懐かしいなぁ」
校門をくぐりながら、大きく伸びをしたアーシスがそう呟く。
「そうですね、一週間しか経ってないんですけどね」
マルミィが肩をすくめながらも、笑顔で答えた。
「おい、あいつら帰ってきたぞ……!」
校舎のあちこちから、ひそひそと声が上がる。
合同合宿中に起きた“事件”の噂は、すでに校内に知れ渡っていた。
「ずいぶんと活躍したようだな、アーシス」
現れたのは1年B組のダルウィン。
隣には、緑髪の剣士・パットの姿もあった。
「……ああ。魔法学校にも、すごい奴らがいた──みんなで協力して、なんとか乗り切ったよ」
「ふん、こんなことなら、俺も合宿に行けばよかった」
「お前、魔法使えないだろ。物理でどうすんだよ」
パットが軽く突っ込む。
そこへ、プティットとナーベの姿も見えた。
「プティ、お疲れさん」
優しく声をかけるパットに、プティットは小さく微笑んで応えた。
「……ナーベ。お前の“正義”は通せたか?」
ダルウィンがニヤッと笑うと、
「正義って……あなたじゃあるまいし」
ナーベはわずかに視線をそらしながら、言葉を続けた。
「……まぁ。やれることは、やれた……かな」
その返答に、ダルウィンは満足げに頷いた。
◇ ◇ ◇
「あれ? そういえば……シルティは?」
ふと、アップルが周囲を見渡してつぶやく。
「確かに、さっきから見かけてないような……」
アーシスも同じく首をかしげる。
「……あ、いた」
マルミィが指差したのは、校舎裏の花壇だった。
そこにいたのは、制服姿のシルティ。
片膝をつき、小さなじょうろを持って、水をやっていた。
「……大きくなぁれ、大きくなぁれ……」
「!?」
(シルティが、花を……!?)
あまりに意外な光景に、アーシスは硬直した。
「シールティっ!」
アップルが明るく声をかけると、シルティが顔を上げた。
「ん。みんな……帰ってきたのか。大変だったようだな。学内はお前たちの話題で持ちきりだぞ」
「へへ、大変だったけど、成長したよ〜」
「……シ、シルティちゃんは、何してるの?」
とマルミィが尋ねると、
「ん、ああ。水をやっていたところだ」
アーシスたちは花壇に目をやる。
「……何もないぞ?」と、思わずアーシスが口にした。
「……ふふ。昨日食べたリンゴの種を植えたんだ。
これが育てば……エンドレスシャリシャリだ……」
よだれを垂らしながらにやけるシルティ。
(……いや、種からリンゴ育てるの、10年くらいかかるぞ……)
3人は、心の中で突っ込んだ。
「ふふふ……」
じょうろを手に、水を撒き続けるシルティ。
(ある意味いつも通りのシルティか……)
アーシスは、見慣れた校庭の空を見上げ──
「……ただいま」
心から、そう呟いた。
こうして、遠征を終えた彼らのパーティが、再び一つになったのだった。
(つづく)