【3】木陰の出会い、交差する視線
──放課後。
夕陽が校舎を朱に染める中、中庭は自由な空気に包まれていた。
校舎裏の石のベンチに腰掛け、アーシス=フュールーズは齧りかけたパンを嬉しそうに掲げていた。
「うーん、やっぱ街のパンはうまいなぁ。爺の干し肉とは大違いだぜ……」
頬をふくらませながらパンを噛みしめるアーシス。
隣でふわふわ浮かんでいるにゃんぴんが、ため息をつく。
「にゃふぅ……でも勉強の方はボロボロにゃ〜」
「うるせぇ、今まで剣しかやってこなかったんだ!」
ぼやきながらパンを口に運んでいると──。
「おう、転入生」
不良じみた三人組が、ベンチに歩み寄ってきた。
リーダー格の少年と、それに従う取り巻き二人。
「いい場所座ってんな」
「お前さぁ、ちょっと目立ってね?」
「俺らの縄張りで調子に乗ると痛い目見るぞ?」
取り囲まれたアーシスは、特に動じた様子もなくパンを持ち上げ、にかっと笑った。
「パン食ってただけだぜ?縄張りって……お前ら犬かなんかか?」
挑発に近い軽口に、取り巻きたちがカッと目を剥く。
だがリーダー格の少年が、制するように手を上げた。
「俺の名前はグリーピー=ビネガー。
……この街の領主の息子様だ。お前みたいな田舎者、パパに頼めばどうにでもできるんだぜ?」
誇らしげに胸を張るグリーピーに、アーシスは肩をすくめると、無造作にもう一個のパンを放り投げた。
「じゃ、これ食えよ。うまいぞ」
胸にパンを受け止めたグリーピーは、ポカンと口を開けたまま固まった。
「な、なんだこれは……」
「恵んでるつもりか!?」
「それとも喧嘩売ってんのか!?」
「どっちでもいいさ。ただ……」
アーシスは、パンを片手にぶらつかせながら、静かに言葉を続けた。
「……お前ら三人がかりでも、俺に勝てるとは思えねぇけどな」
その言葉に、不良たちの顔色がわずかに引き攣る。
ただの田舎者ではないと、肌で悟ったのだ。
「こらぁ!そこの奴ら、何をしている!」
教師の怒声が響き渡った。グリーピーたちは舌打ちし、捨て台詞を残して去っていく。
一連のやり取りを、少し離れた木陰から見ていた者がいた。赤い髪を持つ少女、シルティ=グレッチ。
「……へぇ、言うじゃん、田舎者」
口元をわずかに緩めると、シルティは小さく呟いた。
「……ちょっとだけ、見直したかもね」
石のベンチに座り直したアーシスは、ちらりと木陰に目をやる。
「……おい、そこの。見てんのバレバレだぞ?」
声をかけると、シルティはやれやれと言いたげな顔で姿を現した。
「は?別に見てねーし。たまたま通りかかっただけ」
「ふーん、たまたまね」
アーシスはパンを齧りながらニヤリと笑う。
「お前、名前は?」
「…シルティ=グレッチだ」
「ふーん、シルティね、よろしくな」
アーシスがニヤッと笑うと、シルティはそっぽを向いて歩き出した。
「調子に乗るなよ、ばーか」
背を向けたまま、そんな捨て台詞を投げる。
しかしその頬には、かすかに── 小さな、照れ隠しの笑みが浮かんでいた。
(つづく)