【38】その距離、半歩分のままでも
翌日。
事件は無事に解決し、朝の校舎にはいつも通りのざわめきが戻っていた。
しかし—— あの一件を通じて、確かに変わった“何か”が、仲間たちの間にあった。
◇ ◇ ◇
冒険者育成学校・屋上。
風が吹き抜ける、屋上のベンチ。
そこに、アーシスとシルティが並んで座っていた。
──黙っている。
言葉を交わすわけでもなく、ただ、沈黙の時間が流れていた。
「……なあ」
先に口を開いたのはアーシスだった。
「昨日、あの時……、ありがとうな」
「……うん。お前も……ありがと」
短く、それだけのやりとり。
けれどその中には、昨日の剣戟よりも重い感情が詰まっていた。
「……信じてたけどさ。ほんの少し、疑ってた…」
そう言って、アーシスは肩をすくめた。
「私も。……お前があの子を“守る”理由、ちゃんと聞いてやればよかった」
正義がぶつかって、刃を交えた。
けれど、その刃を止めたのは、やっぱり“信じていたから”。
それが、ほんの半歩の差だったことが、逆に胸に沁みた。
「次はさ。どんなことがあっても、ちゃんと“話す”ようにしようぜ」
「…そうだな。喧嘩するよりは、話す方がマシ」
風が二人の髪をそっとなびかせた。
その距離は、半歩──けれど、その“半歩”すら、大切にできるようになったのだ。
◇ ◇ ◇
女子寮・アップルの部屋。
ベッドに大の字で転がるアップルと、枕を抱えるマルミィ。
「いやぁ〜、もう、びっくりしたよね〜! 二人が“ガチ”で戦ってたんだもん!」
「アーシスくんに“仲間割れ”なんて言っちゃって……うぅ、失礼でしたぁ……」
「ま、でもおかげで止まったし!わたしたち、良いとこで出てきたよね?」
「うんっ、アップルちゃんの魔法、ばっちりでしたっ!」
ぽふ、と枕を放って、アップルがクルリと寝返る。
「にしてもさ〜、シルティちゃんさぁ……あれ、完全に“好き”だよね?」
「ひぇっ!? そ、そそ、そんなわけっ……」
「いやいや〜、あれはあれだよ。フラグってやつ! 乙女なシルティ、かわいかったな〜〜」
「うぅぅ、アーシスくん、
ずるいですぅぅ……」
にぎやかな笑い声が、窓の外へとこぼれていった。
◇ ◇ ◇
夜の図書室。
人のいない図書室で、静かに本を閉じる音がした。
そこにいたのは、壺を膝に抱いたナーベ。
目を伏せながら、彼女はぽつりと呟いた。
「……信じるって、ああいうことなんですね」
剣を止めたアーシスとシルティの姿。
仲間のために飛び込んだアップルとマルミィの姿。
誰かを“信じて飛び込む”ということ。
「……羨ましいな」
その想いに混じるのは、確かな憧れ。
その気持ちが、少しずつ、彼女の心を変えていこうとしていた。
◇ ◇ ◇
翌朝・教室。
「おーっす!」
教室の扉を開けて、元気に入ってきたアーシスに、
「おはようアーシス! 今日は一緒にお昼食べるよっ!」
アップルが勢いよく飛びついた。
「うわっ!? ちょ、おい、いきなり!?」
「すいません……今日はアップルちゃんの方が押しが強いです……」
マルミィが困ったように微笑む。
シルティは腕を組んで、そっぽを向きながらもポツリ。
「……私は今日、赤身のステーキが食べたい」
「お前、朝からステーキの話かよっ!」
にゃんぴんがアーシスの肩にぴょこんと乗って、「にゃふ〜」とひと鳴きした。
それはいつもの、騒がしい朝。
けれど、その騒がしさが、こんなにも嬉しいものだと気づいたのは——
昨日という、“刃を交えた日”があったからこそだった。
(つづく)




