【37】信じた正義、ぶつかる刃(後編)
土煙が晴れていく。
アーシスとシルティ、二人の姿がうっすらと見えてきた──
互いに剣を突きつけ合う構図。
──だが、それは“攻撃”ではなかった。
剣の刃先は、どちらもわずかに相手の首筋の手前で止まっていた。
──それは、
"寸止め”。
どちらも、本気で相手を傷つけようとはしていなかったのだ。
「……お前……」
アーシスが息を整えながら言う。
「……なんで、寸止めしたんだ?」
シルティもまた、目を細めて問い返す。
「……お前こそ、なんで……」
互いの顔がわずかに崩れる。
そこにあったのは、怒りでも疑いでもなく、“信頼”だった。
──やはり、おかしい。
「……そうか。そうだよな。どう考えても何かがおかしいよな。……じゃあ、この状況は……」
「……誰かが仕組んだ、ってことだな」
アーシスがリーナに向き直る。
「……なぁ、リーナ。答え合わせをしようか」
その声に、リーナはビクリと肩を震わせた。
エリンもまた、剣を持ったまま動きを止める。
「……ねぇ、エリン。あなたは……」
「……ふふふ」
そして──その瞬間。周囲の空気が変わった。
バッと地面に魔力の火花が走る。
空間が歪み、大きな魔法陣が彼らの周囲を囲み始めた。
「なっ……!?」
アーシスとシルティが身構える中、倉庫の天井から声が響く。
「……ちっ、せっかくうまく誘導してやったってのに。つまらねぇ幕切れだな」
現れたのは、長い黒髪の男。
1年C組──ラディウス・ボルティーノ。
その後ろには、取り巻きの男女3人が杖を構えて魔法陣を維持していた。
「……なんだお前は……!」
アーシスの剣が再び構えられる。
「くくく……おまえらが勝手に騙されて、勝手に殴り合ってくれりゃ、それで良かったんだけどなぁ……ま、いいや。おとなしく、ここで沈んでもらおうか」
「くそっ……!」
その瞬間、ラディウスが叫ぶ。
「やれ、お前ら!!」
取り巻きたちが詠唱を完成させ、魔法陣が閃光を放った。
「地震魔法──発動!!」
地面が激しく揺れ、アーシスたちの足元が砕け始める。
(このままじゃ……!)
その時だった──
ふわっと宙に浮いた光の膜が、彼らの体をすっぽりと包み込んだ。
「……っ!? これは――」
優しい風のような魔力の結界。
空から降り立ったのは、杖を構えるアップルと、雷光をまとったマルミィだった。
「お前ら、なんで……」
「……ばーか、隠し事なんて通じないんだよ!」
アップルが睨みをきかせる。
「アーシスくん、仲間割れ……ダメです!」
マルミィも必死の表情で叫ぶ。
ラディウスの目が大きく見開かれる。
「なんだと……!? いつの間にっ……!」
「……さて、悪者に罰を与える時間が来たな」
剣を構え直すアーシス。
「ひっ……」
◇ ◇ ◇
数分後。
ラディウスと取り巻きたちは、地面に転がされ、魔導縄で縛られていた。
「……くっ……ふざけやがって……」
「……よく喋るな。まだ口が動く余裕があるってことか」
シルティがにらみを利かせる。
「ったく……とんだ災難だったぜ」
アーシスがぼやきながら、空を見上げる。
「……まったくだ」
シルティはシャリ、とリンゴを一口かじる。
しばらく沈黙のあと、アーシスがふと問う。
「なぁ、お前……なんであの時、寸止めしたんだ?」
「そ、それは……」
シルティが少し顔を背け、頬を赤らめながら言った。
「し、信頼してるから……お前のことを……」
「……!」
アーシスも思わず頬を赤らめる。
「……そ、そっちこそ……! なんで止めたんだよ!」
「いや、まぁ……その……俺も、お前のこと……」
照れくさそうに言いかけたところで、アップルがニヤニヤと近づいてきた。
「はいはい、はいはい〜〜、イチャイチャ禁止で〜〜す」
「えっ、そ、そんなつもりじゃ……!」
「わ、わたしも別にそういう意味で言ったわけじゃ……!」
「にゃふ〜〜」
にゃんぴんがアーシスの肩の上で転がる。
夕暮れの空に、四人の笑い声が静かに溶けていった。
(つづく)




