【36】信じた正義、ぶつかる刃(中編)
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数日前
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放課後の帰り道。
日が落ちかけた校舎裏の道を、シルティ=グレッチはひとり歩いていた。
訓練の疲れを心地よく感じながらも、胸の奥にはわずかな違和感があった。
(アーシス……最近、様子がおかしい)
言葉にできないけれど、何かを隠しているような——そんな気配。
「……まぁ、あいつのことだし、どうせ“人助け”に首突っ込んでるんだろうけど」
ふ……と小さく笑う。
——その時だった。
「っ……や、やめてください……! やめてっ!」
物陰から、声がした。女の子の、震えるような声。
反射的に剣に手を伸ばし、シルティは駆け寄った。
そこには、二人の男に囲まれ、壁際に追い詰められている少女がいた。
艶のある黒髪を束ねた、美しい剣士装束の少女。
「おい。そこまでにしときな」
凛とした声に、男たちは振り向く。
「……なんだよ、てめぇ」
「関係ねぇヤツは帰ってろよ!」
「…その子を離せ。——でないと、痛い目見ることになるよ」
静かに、しかし有無を言わせぬ口調。
剣を抜いた瞬間、男たちは顔を引きつらせて走り去っていった。
「ふぅ……」
シルティは少女の前にしゃがみ込む。
「大丈夫?」
「……ありがとう……あなたが来てくれなかったら……」
「……なにがあった?」
問いかけに、少女は一瞬、瞳を伏せた。
「……実は…ある女に騙されて、父の形見の剣を奪われてしまって…」
「……形見」
「"勝負に勝てば返してやる"というので、何度も挑んだのですが……いつもその女は“代役”を立ててくるんです。私は、いつも勝てなかった……そのたびに、またお金を取られて……」
「…さっきのヤツらはその女の手下で、お金を催促しに来たんです…」
細い声で語る彼女の名は、エリン・キャンベル。
「どうしても……取り返したいんです。でも、もう私一人じゃ……」
「…………」
シルティは、じっとその瞳を見つめた。
揺れるような涙。震える手。
そして、形見の剣。——剣士なら剣の大切さは痛いほどわかる。
「……代役、私がやるよ」
「え……」
「戦えば返してくれるんでしょ? だったら私がその代わりになる」
「で、でも……! 危ないです、代役は本当に強くて……」
「私は、もっと強いよ」
シルティはそう言って、ふっと笑った。
「……ありがとう、ございます」
エリンが深く頭を下げる。
◇ ◇ ◇
場面は変わる。
学園の地下訓練棟の裏にある、立ち入り禁止の倉庫室。
窓は閉ざされ、光の届かない薄暗い部屋に、たった一人、影が立っていた。
長い黒髪、切り揃えた制服。
その男は、壁にもたれながら、静かに口元を吊り上げていた。
——ラディウス・ボルティーノ。
その時、鉄の扉がギィ……と鈍い音を立てて開いた。
入ってきたのは、二人の少女。
リーナ・クリーニーとエリン・キャンベル。
外では“か弱い生徒”を演じていたその姿とは違い、今は自信に満ちた目で堂々と歩いてくる。
「……よぉ、お前ら。うまくいったのか?」
ラディウスが問いかけると、リーナはふっと肩をすくめて笑った。
「当たり前じゃない。私たちの演技にかかれば、ちょちょいのちょいよ」
「ま、あいつら単純すぎて呆れるくらいだったけどね」
エリンも、気だるげな声で続けた。
ラディウスはゆっくりと歩み寄り、机の上にあったランタンの火をわずかに調節する。
暗がりの中、その笑みだけが浮かび上がった。
「くく……そうかそうか。あいつら、簡単に引っかかったわけだ」
「“誰にも言わないで”って頼んだら、案の定ひとりで来たわよ。馬鹿みたい」
「こっちもバッチリ。あの女、剣のこと言ったらすぐ目が変わったもん」
「はっはっはっ……バカな連中だ。これで、俺たちは誰も手を汚さずに、あのパーティをバラバラにできる」
ラディウスは、指をコツンと机に打ち付けながら言う。
「プティットの野郎……あの敗北以来、丸くなりやがって。 “自分を見つめ直す”だ? 笑わせんな」
手にした小瓶をくるくると回し、ラディウスは言葉を続ける。
「C組の真の支配者は、俺様なんだよ。
……あいつらには、それをわからせてやらねぇとな」
暗がりの中、ラディウスの笑みが、まるで毒のようにじわじわと広がっていった。
その背後に立つリーナとエリンもまた、まるで舞台女優のように美しく笑った。
◇ ◇ ◇
場面は戻り現在——
舞い上がった土煙の中から、アーシス、シルティの影が浮かんできた。
(つづく)




