【32】継承の剣、その手前で…
早朝の校庭。
空気はまだひんやりとしていて、地面には夜露が残っていた。
魔力が剣に宿り、火花のようにきらめく。
「はっ!!」
アーシスの斬撃が唸りを上げて、相手の巨体に迫る。
「甘ぇ!!」
立ち合っていたのは、元冒険者の女戦士——ファラド=ガイスト先生。
体格も、体力も、迫力も規格外。そのパワーに、アーシスの斬撃は吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
押し返され、後方に跳ねるアーシス。しかしすぐに地を蹴り、剣を構え直した。
「そんじゃあ、こっちだ!」
剣に青白い魔力が収束する——魔法剣。
「はぁああっ!」
魔力の軌跡と共に、再び突撃。ファラドも真正面からぶつかり、火花が舞った。
しばらくの静寂——そして、
「お前の魔法剣も、だいぶ様になってきたな」
ファラドがにやりと笑う。
「……なんだか、魔法の力が成長してるみたいだ」
息を整えながら、アーシスも笑い返した。
遠目から、それを見つめる少女の姿があった。
シルティ=グレッチ。制服姿のまま、門をくぐったばかりの登校途中。
いつものように無表情……だが、今日はどこか様子がおかしかった。
握られた手の中には、封の切られていない封筒。
アーシスが振り向いた瞬間、彼女と視線が合った。
けれどシルティは、すぐに目を逸らした。
◇ ◇ ◇
その日、シルティは普段より静かだった。
昼休み、屋上のベンチでぼんやりと空を見ている彼女に、アーシスが声をかける。
「……それ、家から?」
問いかけに、シルティは少し間を置いてうなずいた。
「兄貴たちからさ。……“逃げるな”ってさ」
皮肉っぽく笑って、手紙を差し出す。
「“勝ったことのないくせに継承者とか、笑わせるな”って。……ま、いつも通りさ」
「……無視するのか?」
「するに決まってんだろ。行ったってどうせまた、喧嘩して終わる」
言葉とは裏腹に、その声には力がなかった。
アーシスは少し黙ってから、静かに言った。
「……いや、帰るべきだ」
シルティがハッと目を見開く。
「……っ、お前、私が怖がって逃げてるって言いたいのかよ」
「…そうかもしれない」
アーシスはまっすぐに彼女を見つめた。
「でもな、俺の知ってるシルティ=グレッチは、どんな強敵にも背を向けず、凛として剣を振るう女だ。
負けん気が強くて、クールで……だから俺は——そんなシルティが好きなんだ」
不意を突かれたように、シルティが息を呑む。
「……っ……」
「でも、今じゃなくていい。焦らなくていい。自分が納得できる強さを手に入れた時に、胸を張って帰ればいいさ」
アーシスはふっと笑った。
「それまで、俺も付き合うよ。一緒に、強くなろうぜ」
沈黙のあと、シルティは目を伏せ、ぽつりと呟く。
「……お前って、ほんと……バカ」
その声は、少し震えていた。
「でも……ありがと。……うん、わかった。もうちょっと、頑張ってみるよ」
少しの沈黙のあと、ふとアーシスがつぶやく。
「お前……今日はお腹鳴らないんだな」
「……バカ」
その一言と共に、頬を少しだけ赤く染めた彼女は、いつものシルティに戻っていた。
(つづく)
マルミィ「ほわぁぁぁ、マナ温泉は、やっぱり、気持ち
いいですぅ」
「お風呂は、命の洗濯って、誰かが言ってました、ね…」
「み、みなさんも、評価★の選択、よ、よろしくです」




