【30】雨の中に、ひとひらの灯
静かな中庭。
石畳の道の先に、ひっそりと佇む温室がある。
それが、ナーベ=ナーベラスのお気に入りの場所だった。
外の喧騒から離れたその小さな温室には、季節外れの花がいくつも咲いている。ここに来れば、魔力の流れを整えることもできるし、何より——
(……また、いる)
小さなガラス窓から見える景色。その向こう、芝生の上で笑いながら子どもたちと遊ぶ少年の姿。
アーシス=フュールーズ。
彼は特別なことはしていない。ただ子どもに木の枝の剣の構えを教えたり、花壇を直したり、笑って誰かの手伝いをしているだけ。
けれどナーベの目には、まるで“光を引き寄せる存在”のように見えていた。
(どうして……)
気づけば毎日、この温室から彼の姿を“確認”するのが日課になっていた。
動物にも、植物にも、子供にも、大人にも。アーシスはまっすぐで、誰に対しても同じように優しい。
時々やらかすこともある。この前も、花壇に落ちた看板を雑に立て直して、そのまま行ってしまった——と思ったら。
(……戻って、植木を一つひとつ整えて、看板も塗り直して……)
誰も見ていないのに。そういう“さりげない正しさ”を、ナーベはいつの間にか好ましく思っていた。
(……私は……)
自分でも、理由はよく分からなかった。
◇ ◇ ◇
ある雨の日。
外出の帰り、傘も持たずに魔導図書棟の裏手で立ち往生していたナーベ。壺の防水魔術はすでに切れており、髪は滴って、制服も肩口まで濡れていた。
(……誰もいない。傘を借りるべきだった)
無表情ながら、心の中では軽く焦っていた。
すると、足音。
「……あれ? ナーベ?」
聞き慣れた声。
振り向けば、アーシスがいた。
「え、どうした? 傘、持ってないの?」
「……問題ありません」
「いや、あるじゃん。びしょ濡れじゃん」
あっけらかんとした言い方に、ナーベは言葉を失う。
アーシスは自分の肩にかけていたジャケットを脱ぐと、それをナーベの頭にぽんと乗せた。
「これ使え。俺は走って帰るから、ナーベはゆっくりでいいよ」
「……な、なんで。私は敵のB組……だった、のに……」
アーシスはきょとんとした顔で首を傾げた。
「え? だから何?」
「…………」
アーシスは、まるでそんな“境界線”など最初からなかったように笑っていた。
その笑顔に、ナーベは目を見開いた。
(……あぁ、ダメだ)
胸の奥が、音もなく熱を帯びる。
壺がかすかに鳴った。まるで、主の心を察したかのように。
(私は、もう——)
ナーベ=ナーベラスはまだ自分がそれを“恋”だとは認めていなかった。
けれど、この日を境に、彼女の目は確かにアーシスを“違う目線”で見るようになったのだった。
(つづく)
アップル「こんにちわ〜!元気もりもり。アップルちゃんだよー!」
「みんな、ブックマークと評価よろしくね!」
「仕方ないから、作者を応援してあげよっ!」




