【2】アップル=チェチェンティン
冒険冒険者育成学校、ウィンドホルム校。
アーシス=フュールーズは、明日からここに通うことになっていた。
荷物をまとめ、割り当てられた寮の小さな部屋に腰を下ろすと、ふぅと息をつく。
長かった旅路の疲れと、慣れない街の喧騒。
そのすべてが、今になって一気に押し寄せてきた。
(……今日はもう寝よう)
ベッドに潜り込んだ少年は、瞬く間に深い眠りへと落ちていった。
◇ ◇ ◇
夜明け前——
街を囲う森の奥で、小さな叫び声が響いた。
「な、なんで……C級モンスターがこんなところに……っ!」
少女は震えていた。
足がもつれ、座り込んだまま立ち上がれない。
目の前には、禍々しい熊型モンスター。
巨大な爪を振り上げる姿を、彼女はなす術もなく見上げた。
刹那、少女は目をぎゅっと閉じる。
(ああ……もうダメだ……)
だが、次の瞬間——
ドスン!
何か重いものが、すぐそばに落ちた衝撃を感じた。
恐る恐る目を開けると、そこには。
(な、なにこれ……!?)
モンスターの首が、転がっていた。
「ひぃっ……!」
悲鳴すらかすれる。
そして——
「ふぅ、危機一髪ってやつだな」
軽く笑いながら、剣を肩に担いだ少年が、モンスターの身体の上に座っていた。
──その少年の名は、アーシス=フュールーズ。
まだ夜の匂いを纏う森の中、朝焼けに照らされたそのシルエットは、まるで絵画のようだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
遡ること15分前。
アーシスは、いつもの朝鍛錬をしていた。
素振り、走り込み、基礎訓練。
その最中、森の奥から聞こえた悲鳴を耳にし、躊躇なく駆けだしたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(C級モンスターを、たった一撃で……!?)
少女は、ただ呆然とアーシスを見つめていた。
「大丈夫か?」
「あ、あの……あ、ありがとうございます! わ、私はアップルっていいます。冒険者育成学校の一年生で……!」
アップル。
小柄で、金髪の、ぱっと花が咲くような明るい女の子だった。
「ふーん」
アーシスは軽く頷くと、頬に触れた。
先程、モンスターの爪がかすめていたのか、かすり傷ができていた。
「あ、……」
傷に気付いたアップルが小声で呪文を紡ぐ。
「ヒーリング!」
手のひらから柔らかな光が放たれ、アーシスの傷がみるみるうちに癒えていった。
「おおっ、やるじゃん!」
「い、いえ……」
アップルは顔を真っ赤にして俯いた。
「あ、鍛錬の途中だった!じゃあな、帰り道気をつけろよ!」
ひらりと手を振ると、アーシスは森を駆けて去った。
朝日を背に、空気を切り裂くように。
◇ ◇ ◇
一時間後——
校長室で、アーシスは盛大に叱られていた。
「初日から遅刻とは何事だぁぁぁ!!」
校長の怒声とともに、ゴツンと拳骨が振り下ろされる。
(ちぇっ、人助けしてたのに……)
アーシスは涙目で頭を押さえた。
「いいな、問題を起こすんじゃないぞ!」
「ふぁーい……」
◇ ◇ ◇
一年A組、教室。
やつれた七三眼鏡の若い担任教師、パブロフに連れられ、アーシスには教室の扉を開けた。
「よーし、今日は転入生を紹介するぞ」
パブロフが教室に声を響かせた。
その瞬間——
「あっ……!」
声を漏らしたのはアップルだった。
アーシスを見て、目を丸くしている。
その様子に気づきつつ、アーシスは堂々と胸を張った。
「へへっ、今日からこの学校に入る、アーシス=フュールーズだ! 目指すは——最強の冒険者!!よろしく!」
高らかに宣言した。
教室内には、様々な反応が渦巻く。
「最強……?」
赤髪の少女が、鋭く目を細めた。
貴族風の少年が、鼻で笑った。
おとなしい雰囲気の青髪少女は、静かにアーシスを見つめていた。
そして、アップル。
彼女だけは—— 再び出会えたことに、胸を高鳴らせているようだった。
こうして、辺境の村から出てきたばかりのアーシスの、“はじめての学校生活”が、今、幕を開けた——。
(つづく)