【26】クラス対抗戦⑤ 〜正義と狡知(こうち)〜
二戦目の開始を告げる鐘の音が、仮想戦場に鳴り渡った。
今度の舞台は、広い岩場と深い谷を挟んだ、断崖地帯。遮蔽物は少なく、真正面からの戦いが求められる地形だ。
「ふぅん……あんたら、こんな場所で戦うつもり? 私、ここの地形、好きじゃないのよね」
仮想戦場の岩壁を背に、紫髪の少女が退屈そうに杖を振った。
プティット・アラメラージ。
さきほどの敗戦からは想像できないほど落ち着いた態度。目に悔しさの色はない。
「今回は、負けないわよ。ね、パット」
「……ああ」
パット・クレマシーは隣で黙って剣を構えた。
対するは、金髪を風に揺らす少年——
ダルウィン・ムーンウォーカー。
鋭い眼差しを真正面に向け、ゆっくりと剣を引き抜く。
「君たちのやり方には、納得できない。だから、僕たちが“まっすぐな正義”で勝つ」
その背後で、壺を持つ少女がゆっくりと歩みを進めた。
ナーベ・ナーベラス。
感情を排した声で淡々と語る。
「戦う意志がある者を、倒す。回復が必要なら、癒す。それが私の役割」
(正義か……おもしろい)
プティットの口元が笑みの形に歪む。
「じゃあ、見せてもらいましょうか。正義が、どれだけ“美しいだけの空論”なのかを!」
「試合、開始!!」
真っ先に動いたのは、パット。
「行くぞ……!」
ダルウィンに向かって突っ込む。
剣と剣の斬撃がぶつかり合う。風を裂くような連撃が、断崖に火花を散らす。
一方、後方ではプティットが術式を起動していた。
「幻影展開・三重式。左右の視界、歪めさせてもらうわよ」
魔術陣が足元に展開され、ダルウィンの視界が揺らぐ。左右にプティットが三人、幻の像を連ねる。
「……厄介だな」
「ええ、厄介です」
と、後方から静かに声が届く。
ナーベが壺の蓋を開き、魔力の煙を解き放つ。
「幻術解析——開始」
壺から伸びる魔法感応線が、プティットの幻影を一つずつ“実体”と見抜いていく。
「……ふん、壺頼りの支援魔法?」
「いいえ。“分析”です。あなたは、騙せない」
プティットが眉をひそめた次の瞬間、真正面から──
「せいやあああ!!」
ダルウィンが一気に踏み込み、幻影の正体を暴いた場所へ一直線に剣を突き出す。
ギンッ!
直撃。プティットが仰け反る。
「くっ……まさか、読み切られるなんて……!」
「正義ってのは、曇りなき目を持ってるんだ!」
そのまま畳み掛けようとするダルウィン。
…が——!
「させるかよ!」
パットが前に出て剣を弾いた。ダルウィンが体勢を崩す。
「プティ、後ろ下がれ! 魔術を整えろ!」
「……助かるわ、パット」
プティットが後退し、次の魔術を展開しようとする。
その時。
「——壺、《補助式・封魔障壁》起動」
ナーベの壺から出現した魔法陣が、プティットの詠唱陣を強制遮断した。
「なっ……!」
「魔力構成、遮断完了。行って、ダルウィン」
「よし……!」
踏み込み。
一閃。
プティットの杖が弾かれ、再び地に膝をつく。
(この……“正統派”どもが……!)
彼女の胸に、怒りと悔しさが渦巻く。
けれど、立ち上がるその身体はもう限界に近かった。
「……くっ、もう、動けないわ……」
「……プティ……」
パットは剣を構えたまま、黙ってダルウィンを見据える。
「俺はまだ戦える。だが……これ以上は、意味がないよな」
剣を、下ろす。
「……降参だ」
「……正しい判断だと思う」
──静かに、試合終了の鐘が鳴る。
「勝者、1年B組!!」
観客席が沸いた。
正々堂々とした戦いに、称賛の拍手が送られる。
だがその中で、プティットは一人、うつむいていた。
「……また、正義に負けたわけね……」
「いいじゃねえか。今回は“反則なし”で、やり切ったんだろ?」
パットの言葉に、彼女は唇を噛んで……やがて、ふっと笑った。
「……ほんと、変な人ね、あなた」
「そうだよ」
(つづく)
ダルウィン「正義は勝つ!」