【22】クラス対抗戦① 〜開戦前夜〜
秋のはじまりを告げる心地よい風が、教室の窓を揺らしていた。
冒険者育成学校・1年A組。魔法、剣術、支援術──多種多様な能力を持つ生徒たちが机に腰掛け、のんびりとした午後の授業を待っている。
その空気を裂くように、教室の扉が静かに開いた。
「……全員、席につけ。話がある」
やつれた声。七三分けの黒髪、目の下にクマ。メガネの奥に隠された目は、かつて何百の戦場を渡ってきた光を宿していた。
A組担任──パブロフ先生。
元S級冒険者。だが、その風貌は「現役を引退した男」の哀愁をまとっている。
「お前たちも、そろそろ“冒険者”の現実を知る時だ」
そう言って、チョークで黒板に書きつけた。
"クラス対抗戦(上半期実戦演習)"
「く、クラス対抗戦……!」
「うわ、ほんとにあるんだ……!」
ざわつく教室。
「A組、B組、C組による総当たり形式の模擬戦だ。仮想戦闘空間を用いた、実戦同様の戦い。評価は、個人・班・クラス全体でつけられる」
パブロフはメガネを押し上げる。
「活躍すればポイントが与えられる。目立てばチャンスが増える。だが……無様を晒せば、ポイントは容赦なく減点される」
空気が引き締まる。
そして──
「言い忘れていたが、一年の終わりに点数がボーダーを下回っていた者は、進級できない。」
一瞬、沈黙。
「は……?」
「し、進級できない……?」
「マジかよ……」
生徒たちの反応を無視して、パブロフは続ける。
「現実を教えるのが学校の役目だ。死なせないために、今ここで篩にかける」
「……ごくり」
アーシスは唾を飲み込んだ。
「パブロフ先生って、たまに本気出すとオーラ違うよね……」
アップルが囁いた。
その隣で──
「ぐぅぅ〜〜……」
シルティの腹が鳴った。
「……おい、こんな緊張感の中でそれ鳴らすなよ」
「お、おやつ抜いたせいだ……」
◇ ◇ ◇
放課後。
アーシスたちは寮の共有ラウンジに集まり、それぞれが黙ったまま紅茶をすする。
重い空気を破ったのは、いつものようにアップルだった。
「さて。こんな時は情報戦だよ、アーシス。クラス対抗戦は“相手を知らなきゃ勝てない”。」
アップルはメガネをくい、と押し上げると、手帳を開いて語り始めた。
「まず、C組。注意すべきはプティット=アラメラージ。紫髪の魔術師。彼女は“魔法学校の入試に落ちた”という過去があってね……その反動で“勝つためなら反則も辞さない”スタイル。禁術スレスレの魔法も使ってくるらしいよ」
「うわ、マジかよ……」
とアーシス。
「彼女の隣にいる剣士、パット=クレマシーも侮れない。プティットの幼馴染で、彼女の幸せを願ってる忠犬系……つまり、何があっても彼女を守るために動く。厄介な連携が予想されるね」
「面倒臭いやつだな……」
とシルティ。
アップルはページをめくる。
「次、B組。注目は、ダルウィン=ムーンウォーカー。金髪の天才剣士。“正義の味方”を目指してて、模範的な冒険者って感じだけど……剣技の実力は本物。アーシスと互角レベルだと思う」
「へぇ、そいつとは戦ってみたいな」
アーシスが笑う。
「彼のパーティにいるのが、ナーベ=ナーベラス。壺付きのヒーラー。回復魔法の実力は1年生トップだけど、代償として魂を壺に削る……らしいよ」
「え、怖い……」
とマルミィが顔を青くする。
「つまり、戦う順番がどうあれ、C組は手強くて厄介、B組は正面から強いってことか」
「そうだね。でも──」
アップルはにっこり笑った。
「私たちなら、勝てるよ」
◇ ◇ ◇
その夜。
アーシスは自室のベッドに寝転びながら、天井を見上げていた。
進級。ポイント。勝利。敗北。落第。これまで“楽しい”だけでやってきた学校生活に、初めて現実が影を落とす。
(勝つ、か……)
にゃんぴんが枕元でふにゃっと丸くなる。
「おまえも、俺が勝てるって思ってるか?」
「にゃふ〜ん」
「だよな。負ける気、しねぇ」
仄暗い部屋の中、アーシスの目がきらりと光った。
(つづく)




