表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
206/207

【205】冒険者試験編⑦ 〜帰還とご褒美〜


 雲ひとつない蒼。

 古代遺跡を囲む深い森。


 広場の石畳には、幾十もの魔法陣が淡く呼吸しているように脈動していた。


 傍らの椅子に腰かけた男が、気だるげに魔導タブレットをなぞる。

 ──七三分けに眼鏡、頬はやつれ気味。口元には魔導タバコ。


「ふわぁ……」

 その男──パブロフが大あくびをした、その刹那──

 ひとつの魔法陣が白光を噴き上げる。


「──!」


 風が舞う。

 光の粒が空に散り、そこから少年の輪郭が結ばれる。

 現れたのは──アーシス=フュールーズ。


 パブロフは片眉を上げ、口角を少しだけ緩めた。

「早いな。……お前が一番だ」


「へへっ」

 アーシスは頭の後ろで腕を組み、得意げに魔法陣を降りる。

 と──鼻がぴくりと動いた。


「ん?……くん、くん」

 どこからともなく、香りが流れ込む。

 焼けた肉の匂い、バター、ハーブ、甘い香り。


 キョロキョロと辺りを見回すと、白いテントが目に止まる。

 ──そこには、肉、魚、煮込み、パスタ、旬野菜のグリル、熱々のスープ、そして山盛りのスイーツまで、多種多様の料理が所狭しと並んでいた。


「あ、あれは!?」

「ああ……あれはダンジョン攻略のご褒美だ。好きに食っていいぞ」


「やりぃっ!!」

 アーシスは跳ねて喜び、テントへと駆け出す。


「ん〜、どれも美味そうだなぁ。これと、これと、これと……」


 ──ジャーン!

 山のように料理が盛られたお皿を前に、アーシスはフォークとナイフを構え、よだれを垂らす。


「いっただっきま──」

「待った!!」

 まさにアーシスが食らいつこうとした瞬間、背後から切り裂くような声。


 振り返ると、そこに立っていたのは──赤髪の女剣士。

 グ〜〜……。

 よだれを垂らしながらお腹を鳴らしている。


「シルティ!!お前も通過したか!」

「ふっ、楽勝」

 二人は乾いた音でハイタッチ。


「よし!乾杯しようぜ!はやく取ってこいよ!」

「言われなくとも、そのつもりだ!!」


 シルティは残像が見えるほどの神速でお皿に食事を盛り、あっという間にアーシスの元へと舞い戻った。


「それじゃ──」

「「かんぱーいっ!!」」


 肉、魚、肉、肉、肉……。

 ダンジョンの緊張が抜けた二人は、バクバクと料理を食べまくる。


「ん〜、美味い!!」

 ──食事に夢中になっていると、後ろから知った声が聞こえた。

「あら、ずいぶん美味しそうねぇ……」

 ふわりと現れたのは、アップル。


「アップル!お前も来たか!」

「ふっ、よかったな」


「……"よかった"じゃないわよ!フツーは食べる前に仲間の帰還を待つでしょ!?」

 アップルはアーシスの両頬をむぎゅーっとつまむ。


「ひやひやひや、らって、お腹空いてたし、料理冷めちゃうし……」

「仲間より料理かーい!」


「まぁまぁ、美味いぞ、料理。……もぐもぐ」

 冷静に食事を続けるシルティ。


「そ、そうだよ。アップルも早く取ってこいよ、乾杯しようぜ?」

 アップルはじと目を飛ばしながら、料理を取りに行く。


 その賑わいを、少し離れた石畳の椅子から眺めていたパブロフは、ふっと笑う。

「──結局、トップスリーはエピック・リンクか」



   ◇ ◇ ◇


 しばらくすると、次々とダンジョンを攻略した生徒たちが姿を現した。

 ダルウィン、ナーベ、プティット、パット……見知った顔が帰ってくる。

 そのたび、歓声と拍手、そして皿の音。


 ──テントが熱でふくらむ頃、ふと、アーシスは魔法陣の側に座るパブロフのところへと赴いた。


「はい、先生」

 カップに入ったコーヒーを渡す。


「……おう」


「先生、第二試験、あんま手応えなかったよー」

 ドリンク片手にアップルもやって来た。


「確かに……シャリ」

 リンゴを齧りながらシルティもやって来る。


「……たまたま楽なダンジョンに当たったのかな」

 アーシスは空を見上げる。


「ふふっ」

 パブロフから思わず笑いがこぼれた。


「?」

 アーシスたちは首を傾げる。


「……そりゃそうだろ。この試験は、"冒険者になるための試験"──すでにそのレベルを超えてるお前らにとっては、"楽"と感じるのも無理はない」

 パブロフは、すっとコーヒーを口にした。


 その言葉に、アーシスたちの胸の奥が、ぽっと熱くなる。


「──それより!!」

 突然、パブロフの声色が変わる。目の裏が刃の色を帯びた。

 空気が変わり、アーシスたちはゴクリ、と唾を呑む。


 ゆっくりと、パブロフが口を開く。

「……もう一人の仲間、まだ来てないぞ」


「…………あ。……忘れてた」

 アーシスたち三人の額を同時に汗がつたう。


 その刹那──

 ひとつの魔法陣にマナが流れ、白い光が立ち上る。

 光の粒がほどけ、

 ──現れたのは、マルミィ。


「マ、マルミィ……。よ、よかった、心配してたんだよ!」

「そ、そうそう!……大丈夫だった?」


「…………マルミィ?」


 はぁ、はぁ……と、肩で息をするマルミィは、よく見れば全身ずぶ濡れだった。

 髪から、制服の裾から、ぽた、ぽた、と雫が落ちる。


「マ、マルミィ……どうしたの、ずぶ濡れじゃん!?」

 アップルがタオルを差し出す


 ぴちゃ、ぴちゃ……と音を立ててゆっくり歩き出したマルミィが、ボソッと呟いた。


「ふふ、冒険者には、水泳が必要、です……」


「……!!?」


 沈黙が空間を支配した瞬間、制限時間を告げる鐘が古代遺跡に響き渡った。


 夕暮れの冷たい風が頬を撫でる。


「くしゅんっ」


 ──エピック・リンク四名。第二試験、全員通過。


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ