【205】冒険者試験編⑦ 〜帰還とご褒美〜
雲ひとつない蒼。
古代遺跡を囲む深い森。
広場の石畳には、幾十もの魔法陣が淡く呼吸しているように脈動していた。
傍らの椅子に腰かけた男が、気だるげに魔導タブレットをなぞる。
──七三分けに眼鏡、頬はやつれ気味。口元には魔導タバコ。
「ふわぁ……」
その男──パブロフが大あくびをした、その刹那──
ひとつの魔法陣が白光を噴き上げる。
「──!」
風が舞う。
光の粒が空に散り、そこから少年の輪郭が結ばれる。
現れたのは──アーシス=フュールーズ。
パブロフは片眉を上げ、口角を少しだけ緩めた。
「早いな。……お前が一番だ」
「へへっ」
アーシスは頭の後ろで腕を組み、得意げに魔法陣を降りる。
と──鼻がぴくりと動いた。
「ん?……くん、くん」
どこからともなく、香りが流れ込む。
焼けた肉の匂い、バター、ハーブ、甘い香り。
キョロキョロと辺りを見回すと、白いテントが目に止まる。
──そこには、肉、魚、煮込み、パスタ、旬野菜のグリル、熱々のスープ、そして山盛りのスイーツまで、多種多様の料理が所狭しと並んでいた。
「あ、あれは!?」
「ああ……あれはダンジョン攻略のご褒美だ。好きに食っていいぞ」
「やりぃっ!!」
アーシスは跳ねて喜び、テントへと駆け出す。
「ん〜、どれも美味そうだなぁ。これと、これと、これと……」
──ジャーン!
山のように料理が盛られたお皿を前に、アーシスはフォークとナイフを構え、よだれを垂らす。
「いっただっきま──」
「待った!!」
まさにアーシスが食らいつこうとした瞬間、背後から切り裂くような声。
振り返ると、そこに立っていたのは──赤髪の女剣士。
グ〜〜……。
よだれを垂らしながらお腹を鳴らしている。
「シルティ!!お前も通過したか!」
「ふっ、楽勝」
二人は乾いた音でハイタッチ。
「よし!乾杯しようぜ!はやく取ってこいよ!」
「言われなくとも、そのつもりだ!!」
シルティは残像が見えるほどの神速でお皿に食事を盛り、あっという間にアーシスの元へと舞い戻った。
「それじゃ──」
「「かんぱーいっ!!」」
肉、魚、肉、肉、肉……。
ダンジョンの緊張が抜けた二人は、バクバクと料理を食べまくる。
「ん〜、美味い!!」
──食事に夢中になっていると、後ろから知った声が聞こえた。
「あら、ずいぶん美味しそうねぇ……」
ふわりと現れたのは、アップル。
「アップル!お前も来たか!」
「ふっ、よかったな」
「……"よかった"じゃないわよ!フツーは食べる前に仲間の帰還を待つでしょ!?」
アップルはアーシスの両頬をむぎゅーっとつまむ。
「ひやひやひや、らって、お腹空いてたし、料理冷めちゃうし……」
「仲間より料理かーい!」
「まぁまぁ、美味いぞ、料理。……もぐもぐ」
冷静に食事を続けるシルティ。
「そ、そうだよ。アップルも早く取ってこいよ、乾杯しようぜ?」
アップルはじと目を飛ばしながら、料理を取りに行く。
その賑わいを、少し離れた石畳の椅子から眺めていたパブロフは、ふっと笑う。
「──結局、トップスリーはエピック・リンクか」
◇ ◇ ◇
しばらくすると、次々とダンジョンを攻略した生徒たちが姿を現した。
ダルウィン、ナーベ、プティット、パット……見知った顔が帰ってくる。
そのたび、歓声と拍手、そして皿の音。
──テントが熱でふくらむ頃、ふと、アーシスは魔法陣の側に座るパブロフのところへと赴いた。
「はい、先生」
カップに入ったコーヒーを渡す。
「……おう」
「先生、第二試験、あんま手応えなかったよー」
ドリンク片手にアップルもやって来た。
「確かに……シャリ」
リンゴを齧りながらシルティもやって来る。
「……たまたま楽なダンジョンに当たったのかな」
アーシスは空を見上げる。
「ふふっ」
パブロフから思わず笑いがこぼれた。
「?」
アーシスたちは首を傾げる。
「……そりゃそうだろ。この試験は、"冒険者になるための試験"──すでにそのレベルを超えてるお前らにとっては、"楽"と感じるのも無理はない」
パブロフは、すっとコーヒーを口にした。
その言葉に、アーシスたちの胸の奥が、ぽっと熱くなる。
「──それより!!」
突然、パブロフの声色が変わる。目の裏が刃の色を帯びた。
空気が変わり、アーシスたちはゴクリ、と唾を呑む。
ゆっくりと、パブロフが口を開く。
「……もう一人の仲間、まだ来てないぞ」
「…………あ。……忘れてた」
アーシスたち三人の額を同時に汗がつたう。
その刹那──
ひとつの魔法陣にマナが流れ、白い光が立ち上る。
光の粒がほどけ、
──現れたのは、マルミィ。
「マ、マルミィ……。よ、よかった、心配してたんだよ!」
「そ、そうそう!……大丈夫だった?」
「…………マルミィ?」
はぁ、はぁ……と、肩で息をするマルミィは、よく見れば全身ずぶ濡れだった。
髪から、制服の裾から、ぽた、ぽた、と雫が落ちる。
「マ、マルミィ……どうしたの、ずぶ濡れじゃん!?」
アップルがタオルを差し出す
ぴちゃ、ぴちゃ……と音を立ててゆっくり歩き出したマルミィが、ボソッと呟いた。
「ふふ、冒険者には、水泳が必要、です……」
「……!!?」
沈黙が空間を支配した瞬間、制限時間を告げる鐘が古代遺跡に響き渡った。
夕暮れの冷たい風が頬を撫でる。
「くしゅんっ」
──エピック・リンク四名。第二試験、全員通過。
(つづく)




