【203】冒険者試験編⑤ 〜第二試験《ダンジョン攻略》開始!〜
──ガタゴト、ガタゴト……。
早朝、ウィンドホルムを出発した二台の大型馬車が、西の森へと揺れながら進んでいた。
薄明の光が木々の間を縫い、霧がまだ地面に残る。
その中で、車輪の音だけが静かに響いていた。
馬車の中には、独特の緊張感が満ちていた。
剣を研ぎ続ける者、古びた教科書を食い入るように見る者、貧乏ゆすりを止められない者──。
皆、これから向かう“試練”を前に、己の呼吸を整えようとしていた。
──そんな中、二つの穏やかな寝息。
アーシスとシルティは、頭を寄せ合い、よだれを垂らしながらコクコクと眠りに落ちていた。
「ったく、緊張感ないな〜」
アップルが頬を膨らませて呆れ声をあげる。
「ふふっ。二人とも実地は得意ですからね」
マルミィが苦笑しながら答えた。
いつも通りの空気──それが逆に、心を少しだけ和ませてくれる。
やがて、馬車は鬱蒼とした森の奥へと進んでいく。
太陽の光が届かぬほどの大木が連なり、しばらくすると視界の先に“光の膜”が現れた。
──巨大な結界。
その内側に、ギルドが管理する人工ダンジョン施設がある。
窓の外を見る生徒たちの表情が、一段と強張った。
馬車の首輪に取り付けられた鋼鉄の紋章が淡く光ると、車体全体が一瞬ふわりと浮き──
馬車は結界をすり抜けた。
そして、しばらく進んだ森の奥、開けた石畳の前で馬車は足を止めた。
「よーし、お前ら、降りろ!」
パブロフの声が響く。
生徒たちは次々と馬車から降り立つ。
足元には苔むした石畳。空気は湿り気を帯び、どこか冷たい。
「ふわぁぁ……」
最後に降りてきたアーシスは、あくびをかみ殺しながら目を擦る。
「これが……第二試験の会場……」
アップルがぽつりと呟いた。
眼前に広がるのは、森林に囲まれた古代遺跡。
崩れた壁、折れた柱、蔦に覆われた石像──その中心、テントで囲まれた広場の石畳には、いくつもの魔法陣が淡く光を放っていた。
その異質な雰囲気に、生徒たちの緊張感はさらに高まる。
──かつては神殿だったのかもしれないその場所は、時を超え、いまは“試練の舞台”となっていた。
ふと、アーシスはテントの人影に気付く。
「あれって」
「……うん、ギルドの試験管だね」
アップルはごくりと唾を飲み込む。
「……いよいよ、それっぽくなってきたな」
アーシスは表情を引き締め、腰の剣の柄を軽く握りしめた。
◇ ◇ ◇
古代遺跡の中央に全員が整列する。
生徒の前には教師たち、そしてその後方にはギルドの試験官たちが静かに立っていた。
空気は凍りついたように張りつめている。
パブロフが魔導拡声器を手に、気だるそうに言った。
「これより──第二試験の説明を行う」
その声が、古代の石壁に反響していく。
「目の前に見える魔法陣、あれが"ダンジョンへの魔導ゲート"だ。……お前らは全員、同時に別々のダンジョンへと転送される。
制限時間は五時間。最深部にある転送陣まで辿り着き、戻ってこれた者を合格とする」
生徒たちは息を呑む。
「ボスもいるが、倒しても倒さなくてもどちらでもいい。支援職もいるしな。
ダンジョンの様子は、魔導モニターで試験管が監視しているから怪しい行動はするなよ。ギブアップの時は信号を送れ。救護班がすぐに駆けつける。──以上だ」
ざわ……と、緊張の波が走る。
誰もが自分の鼓動を聞いていた。
「それじゃあ──第二試験、始めるぞ。位置につけ!」
◇ ◇ ◇
数十個に及ぶ魔法陣の上に、案内された生徒たちがそれぞれ足を踏み入れた。
その瞬間、足元の魔法陣は一斉に光を帯びはじめる。
エピック・リンクの四人は、隣り合わせに並ぶ。
「……しくじるなよ」
アーシスが小さく呟いた。
「お前こそな」
シルティが口元を緩める。
「頑張る、です」
マルミィは深呼吸をして、両手を組む。
「また後でね!」
アップルは明るく手を振る。
その一瞬、四人の視線が交差した。
──互いの信頼が言葉の代わりになる。
「──転送開始!」
パブロフの号令が響く。
魔法陣にマナが流れ込み、白い光が一斉に立ち昇る。
光の粒が宙を舞い、生徒たちの姿がひとり、またひとりと消えていった。
やがて、広場には静寂だけが残る。
パブロフは魔導タバコに火をつけ、煙を吐きながら空を見上げた。
「──さあ、見せてみろよ。お前らの“成長”をな」
(つづく)




