【202】冒険者試験編④ 〜第二試験に向けて〜
午前の授業を終えた二年生たちは、次々と講堂へと集まっていた。
一次試験を突破した者だけが、ここに呼ばれている。
入口で立ち止まり、アーシスは静かに呟いた。
「……やっぱ、少し少ないな」
並ぶ生徒たちの数は、以前より明らかに減っていた。
仲間たちの顔ぶれの中に、もう見えない影もある。
「ま、脱落者が出たからね……」
アップルがアーシスの肩をぽん、と叩いた。
明るく見えても、その瞳にはほんの少しの寂しさがあった。
「集まってるかー」
気だるげな声が講堂に響く。
やつれ七三眼鏡──パブロフが、チョークを片手に講壇へ立った。
「よし。これより第二試験の説明を行う」
チョークの音が、ピシッと乾いた空気を切る。
黒板に刻まれた文字は──
《第二試験・実地:ダンジョン攻略》
「まぁ知っての通り、第二試験は“ダンジョン”だ」
パブロフの声が響く。
「ギルド管理下の人工ダンジョンを、各自単独で攻略してもらう。
内部には当然、魔物、罠、幻影──さまざまな仕掛けがある。試されるのは『冷静さ』『対応力』『判断力』。……つまり、生き残る力だ」
カッカッカッ──
パブロフは勢いよく黒板にチョークを走らせる。
"知恵と勇気で道を開け"
「この二年間で、ここで何を学んだかを思い出せ。……お前らならやれるはずだ」
教室を包む沈黙。
生徒たちの目に、決意の色が宿る。
パブロフはポケットから魔導タバコを取り出し、ふっと火をつけた。
紫煙がゆらりと漂う中、低く呟く。
「……それと、そろそろ“あっちの方”も考えとけよ」
「あっちの方?」
思わずアーシスが反応する。
「"クラス"、な。第二試験を突破した者は、最終試験に挑む前に“クラス選択”を行う。選んだクラスによって、最終試験の相手が決まる」
パブロフはぷーっ、と煙を吹くと、紫煙の向こうで笑った。
「気張れよ。第二試験の先に"グローリーゲイト"が待ってる」
◇ ◇ ◇
放課後。
アーシスたちは、学校近くの小さなカフェに集まっていた。
窓の外では、夕陽がカップのミルクを照らして揺れている。
「なーなー、"クラス"って何?」
苺シェイクを啜りながら、能天気にアーシスが首を傾げた。
「やっぱアーシスは知らないか」
呆れ顔で笑うアップル。
「"クラス"というのは、冒険者の《職業》、みたいなもの、です」
マルミィが落ち着いた声で説明する。
「職業……?」
「ほれ」
シルティが苺を頬張りながら、小冊子をアーシスに手渡す──ギルドが発行した《職能ガイド》。表紙には八つの紋章が描かれている。
「基本的なクラスは8つ、その上に"上位職"とよばれるジョブがあるって感じ。まぁ、アーシスなら剣術士で決まりでしょ?」
ガイドには──剣術士、斧術士、槍術士、双剣士、格闘家、弓使い、治癒師、魔術師が基本クラスとして記されている。
「試験に合格したら、教会でそのクラスの"祝福"を受ける、です」
マルミィが説明を続ける。
「ギルドカードにクラスが刻印され──そこからが、本当の冒険者の始まりです」
「クラスによって、得られるステータスが変わってくる、というわけだ」
シルティがフォークに苺を四連刺ししながら補足する。
「ふむふむ……」
アーシスはパンフレットをじっと見つめる。
ページの隅に描かれた炎を斬る剣士のイラストに、わずかに目を輝かせた。
「ま、そんな悩むもんじゃないよね。シルティは剣術士、マルミィは魔術師、あたしは治癒師って感じ?」
「だな」
「ふむふむ……」
「──それより、まずは第二試験を突破しないとな」
両頬に苺を入れたシルティが冷静に呟いた。
「です、ね」
「ダンジョンか〜。経験はあるけど、単独だし油断は禁物だね〜」
「──でも、これを越えなきゃ“冒険者”にはなれないんだ」 アーシスがシェイクを置き、真剣な眼差しを向ける。
その瞳に、ほんの少しの炎が灯っていた。
「あ、そういえば、先生が言ってた《なんちゃらゲイト》ってなんだ?」
アーシスがぽつりと尋ねた。
「"グローリーゲイト"ね。あんた、ホントなんも知らないのね」
アップルがため息をつく。
「グローリーゲイトってのは、最終試験が行われる巨大コロシアムの名前よ」
「ギルドの偉い人やクランのスカウト、一般客も多数集まって、街全体がお祭りになる、です」
マルミィが補足する。
「賭けもあるしな、熱気もすごいらしい」
シルティは苺串をパクっと咥える。
「……そこで勝った者だけが、新たな冒険者として《栄光の門》をくぐれるってわけ」
「ふ〜ん……みんな、詳しいんだな」
「いやいや、これ常識だから!」
ツッコミを入れるアップル。
「それじゃあ、ダンジョン攻略に向けてアイテム補充と装備の点検に行くか」
入る限りの苺を口の中に含んだシルティが立ち上がる。
「よっし、行こう!」
笑顔でアーシスたちも立ち上がる。
──第二試験まで、あと七日。
それぞれの決意が、夕暮れの街にゆっくりと溶けていった。
(つづく)




