【199】冒険者試験編① 〜挑戦の刻〜
乾いた風が吹き抜ける。
寒空が広がる季節──冒険者育成学校の空気はいつもピリついている。
アーシスはマフラーをなびかせながら、校門前の石碑を見上げる。
そこには古びた金文字が刻まれていた。
◆ ◆ ◆
《冒険者の心得》
〜世界を渡る者の十戒〜
一、命を侮るな。どんな依頼でも軽んじるな。
生きて帰ることが、冒険者の第一任務。
二、仲間を見捨てるな。信頼こそ最大の武器。
剣より強い絆を持て。
三、依頼主を欺くな。報酬は誇りの証。
誠実さを失った者は、冒険者ではない。
四、弱き者を嘲るな。強さは他者を守るためにある。
力は誇示ではなく、盾として振るえ。
五、無知を恐れるな。学びを怠るな。
知恵を求める者こそ、真の冒険者。
六、自然を敬え。草一本、石ひとつにもマナは宿る。
奪うのではなく、借りる心を忘れるな。
七、己を信じすぎるな。傲慢は死の前兆。
常に謙虚に、危険を読む目を磨け。
八、恩を返せ。助けを受けたなら、誰かを助けよ。
世界はそうして回っている。
九、記録せよ、伝えよ。発見も失敗も、次代への灯。
冒険者の足跡は未来への地図となる。
十、冒険を愛せ。戦いのためではなく、生きるために進め。 その心こそ、冒険者を冒険者たらしめる。
◆ ◆ ◆
──ビュウッ。
冷たい風が枯葉を巻き上げる。
アーシスはマフラーを引き寄せて静かに呟いた。
「……いよいよ、だな」
◇ ◇ ◇
二年A組。
珍しく、ほぼ全員の生徒が揃っている。
二年生も後半になると、個別の課外授業や遠征が組まれることが多く、クラスメイトとも学校で顔を合わせる機会はごく稀になっていた。
教室の中は、いつになく緊張に包まれていた。
普段なら誰かが騒いでいるはずなのに、今日は全員が沈黙している。
窓の外を見つめる赤髪の少女。
俯きながらまわりを見回す青髪の少女。
その隣で深いため息をつく金髪の少女。
慣れ親しんだクラスメイトたちが、無言で席に座っている。
そんな中、アーシスはやけに落ち着いていた。
──ガラ。
教室のドアが開き、相変わらずやつれた七三眼鏡の担任教師、パブロフが入ってくる。
「さて──」
その一言で、教室の空気が凍った。
「事前に伝えた通り、今から“冒険者試験”の内容を説明する」
パブロフはチョークを持ち、黒板に向かう。
「試験は、三段階だ」
カッ、カッ、カッ……。
黒板に勢いよく文字が刻まれる。
"第一試験「筆記」"
「まずは筆記試験だ。魔物学、地図読解、マナ理論、応急処置、依頼書判定……冒険者に必要な“知識と判断力”を測る。──そして、正解率90%以上の者だけが第二試験に進むことができる」
「きゅ、九十……っ!?」 アーシス、グリーピーの顔が同時に青ざめた。
ナスケはすでに白目で泡を吹いている。
パブロフは構わず黒板にチョークを走らせる。
"第二試験「ダンジョン攻略」"
「次は、ダンジョン攻略試験。ここでは罠を見抜く力、魔物を倒す力が試される。「冷静さ」「対応力」「判断力」が問われるぞ。──そして、制限時間内に攻略した者だけが、最終試験に進むことができる」
ざわつく教室。
誰もが次の言葉を予感していた。
"最終試験「対人戦闘《実戦演舞》」"
「最後は、ギルド公認の"本物の冒険者"との一騎打ちだ」
どよめきが爆発する。
「ほ、本物の冒険者!?」
「そ、そんな……」
──ダンッ! 黒板を叩く音が響き、全員が凍りつく。
「──この戦いで輝きを見せたものだけが、合格者となる」
ゴク……。
その言葉に、生徒たちは息を呑んだ。
「いいか、試験は一週間後だ。……悔いを残すなよ」
◇ ◇ ◇
放課後。
夕陽に染まる校庭で、エピック・リンクの四人はベンチに集まっていた。
「いよいよ、だね」
アップルが口を開く。
「……今回はすべて個人戦、ですね」
マルミィが静かに呟く。
「パーティでの連携は、できないな」
シルティは冷静に腕を組む。
アーシスはすっと立ち上がると、にかっと笑顔を見せた。
「大丈夫だろ!俺たち、この二年で切磋琢磨して成長したんだ。……たとえ個人戦でも、チームで培った力は消えない」
そう言うと、アーシスはすっと右手を差し出した。
「アーシスの言う通りね」
「ああ……」
「です……」
四人の手が重なる。
「それじゃあ…………とりあえず、筆記の勉強見てくれぇぇぇぇ!」
アーシスの魂の叫びが校庭に響き、三人の女子はガクッと膝を落とす。
カァァァ……。
夕焼けの空に、カラスの呆れ声が響いた。
「ったく、しゃーないな。それじゃ、久しぶりにやりますか、勉強合宿!!」
アップルが元気よく叫ぶ。
こうして、エピック・リンクの“試験前勉強合宿”が始まるのだった。
──冒険者試験まで、後7日!!
(つづく)




