【198】閑話:それぞれの休日
休日の朝。
アップル=チェチェンティンは、カバンを肩にかけて校門を出た。
今日は誰とも約束をしていない、久しぶりの“自分のための休日”。
街の外れにある小さな花屋。
カラン、と鈴の音が鳴り、花の香りがふわりと広がる。
「こんにちは〜!あ、また新しいブーケが入ってるっ!」
店主の老婆に声をかけ、アップルはリースの材料を選ぶ。 鮮やかなラベンダーに、小ぶりの白いカスミソウ。
その手際は、まるで魔法のように軽やかだ。
店を出て、街角のベンチで花冠を編んでいると、通りがかった小さな女の子が立ち止まった。
「おねーちゃん、それ、きれい!」
「ふふ、そう?よかったら、あげる!」
女の子の頭に花冠をそっと乗せる。
ぱぁっと笑顔が咲き、母親が何度も頭を下げる。
アップルは照れくさそうに手を振った。
「……こういうのも、いいよね」
その帰り道、リンゴ飴をかじりながら、ふと空を見上げる。
茜色に染まった夕焼けの空──仲間たちと過ごした学校生活が頭をよぎる。
「いろいろ、あったなぁ……」
ドジで真っ直ぐなアーシスの顔が、雲に浮かんだ。
アップルは小さく笑う。
「……ほんと、世話が焼けるんだから」
◇ ◇ ◇
校舎裏の丘。
グリーピーは額の汗を拭い、木剣を振り続けていた。
「チッ……!なんでだ、あのとき……!」
対抗戦での敗北。
アーシスに力の差を見せつけられた悔しさが、まだ胸の奥で疼いている。
「見返してやる……絶対に!」
その時。
近くの茂みからモンスターの唸り声。
灰色のウルフが一匹、こちらを睨んでいた。
「チャンスだ!」
木剣を構え、突っ込むグリーピー。
だが相手は速い。牙が迫る──。
ガキィン!
閃光のような斬撃がその牙を弾いた。
振り返ると、そこに立っていたのは──アーシス。
「油断すんなよ、領主の坊っちゃん」
「ア、アーシス……!」
狼がもう一度飛びかかる。
今度は二人で同時に踏み込み、
──同じタイミングで、同じ角度の一撃を放った。
ドガァッ!
灰の煙が晴れるころ、ウルフは沈んでいた。
沈黙のあと、アーシスが口角を上げる。
「悪くない動きだったぞ」
「……うるせぇ。俺は、お前に勝つんだ」
「上等だ。またやろうぜ」
握手も言葉もない。
ただ、二人の視線だけが交錯した。
◇ ◇ ◇
静かな丘の上。
古びた墓石が一つ、白い花に囲まれて立っていた。
風が吹くたび、草が揺れ、剣士の青年はその前に跪く。
「……先輩。あなたが言ってた“正義”って、なんだったんでしょうね」
ダルウィン=ムーンウォーカー。
B組のリーダーであり、誰よりも真っ直ぐな剣士。
墓石に刻まれた名は──
かつて彼を導いた師であり、冒険者だった人物のもの。
「僕は、まだ答えを見つけられていません。けど、アーシスを見てると、なんか……感じるんです。強さと優しさが、同じところにあるって」
彼は剣を抜き、墓前に立てた。
「次に会う時までに、僕も“胸を張れる正義”を見つけます」
風が剣の刃を撫で、空の雲が、ゆっくりと形を変えていった。
◇ ◇ ◇
夜の宿舎。
静まり返った廊下を抜け、屋上への扉を開ける。
風が髪を揺らした。
ナーベ=ナーベラスは夜空を見上げ、そっと手を胸に当てる。
「……終わったんですね、遠征」
指先に触れるのは、壺付きのマント。
あの旅の間、ずっと自分を支えてくれたもの。
目を閉じると、アーシスの声が蘇る。
あの時の笑顔、真っ直ぐな瞳。
気づけば、頬が少し熱くなっていた。
「……私は、どうして……」
夜風が、静かに流れていく。
遠くから、エピック・リンクの笑い声が微かに聞こえた。 シルティの笑い声、アップルの明るい声、マルミィの優しい返事。
ナーベはそっと微笑んだ。
「……また、会えますよね」
月の光が、彼女の銀の髪を静かに照らした。
◇ ◇ ◇
──休日の終わり。
それぞれの場所で、彼らは静かに“次”を見つめていた。
花冠を編む少女。
剣を振る少年。
墓前で誓う青年。
月に祈る少女。
その全てが、ひとつの未来へと繋がっていく。
明日はまた、新しい冒険が始まる。
(つづく)




