表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
199/202

【198】閑話:それぞれの休日


 休日の朝。


 アップル=チェチェンティンは、カバンを肩にかけて校門を出た。

 今日は誰とも約束をしていない、久しぶりの“自分のための休日”。


 街の外れにある小さな花屋。

 カラン、と鈴の音が鳴り、花の香りがふわりと広がる。


「こんにちは〜!あ、また新しいブーケが入ってるっ!」

 店主の老婆に声をかけ、アップルはリースの材料を選ぶ。 鮮やかなラベンダーに、小ぶりの白いカスミソウ。

 その手際は、まるで魔法のように軽やかだ。


 店を出て、街角のベンチで花冠を編んでいると、通りがかった小さな女の子が立ち止まった。


「おねーちゃん、それ、きれい!」

「ふふ、そう?よかったら、あげる!」


 女の子の頭に花冠をそっと乗せる。

 ぱぁっと笑顔が咲き、母親が何度も頭を下げる。

 アップルは照れくさそうに手を振った。

「……こういうのも、いいよね」


 その帰り道、リンゴ飴をかじりながら、ふと空を見上げる。


 茜色に染まった夕焼けの空──仲間たちと過ごした学校生活が頭をよぎる。

「いろいろ、あったなぁ……」


 ドジで真っ直ぐなアーシスの顔が、雲に浮かんだ。

 アップルは小さく笑う。

「……ほんと、世話が焼けるんだから」



   ◇ ◇ ◇


 校舎裏の丘。

 グリーピーは額の汗を拭い、木剣を振り続けていた。


「チッ……!なんでだ、あのとき……!」

 対抗戦での敗北。

 アーシスに力の差を見せつけられた悔しさが、まだ胸の奥で疼いている。


「見返してやる……絶対に!」

 その時。

 近くの茂みからモンスターの唸り声。

 灰色のウルフが一匹、こちらを睨んでいた。


「チャンスだ!」

 木剣を構え、突っ込むグリーピー。

 だが相手は速い。牙が迫る──。


 ガキィン!

 閃光のような斬撃がその牙を弾いた。


 振り返ると、そこに立っていたのは──アーシス。

「油断すんなよ、領主の坊っちゃん」

「ア、アーシス……!」


 狼がもう一度飛びかかる。

 今度は二人で同時に踏み込み、

 ──同じタイミングで、同じ角度の一撃を放った。


 ドガァッ!


 灰の煙が晴れるころ、ウルフは沈んでいた。

 沈黙のあと、アーシスが口角を上げる。

「悪くない動きだったぞ」


「……うるせぇ。俺は、お前に勝つんだ」

「上等だ。またやろうぜ」


 握手も言葉もない。

 ただ、二人の視線だけが交錯した。



   ◇ ◇ ◇


 静かな丘の上。


 古びた墓石が一つ、白い花に囲まれて立っていた。

 風が吹くたび、草が揺れ、剣士の青年はその前に跪く。


「……先輩。あなたが言ってた“正義”って、なんだったんでしょうね」


 ダルウィン=ムーンウォーカー。

 B組のリーダーであり、誰よりも真っ直ぐな剣士。


 墓石に刻まれた名は──

 かつて彼を導いた師であり、冒険者だった人物のもの。


「僕は、まだ答えを見つけられていません。けど、アーシスを見てると、なんか……感じるんです。強さと優しさが、同じところにあるって」


 彼は剣を抜き、墓前に立てた。

「次に会う時までに、僕も“胸を張れる正義”を見つけます」


 風が剣の刃を撫で、空の雲が、ゆっくりと形を変えていった。



   ◇ ◇ ◇


 夜の宿舎。


 静まり返った廊下を抜け、屋上への扉を開ける。

 風が髪を揺らした。


 ナーベ=ナーベラスは夜空を見上げ、そっと手を胸に当てる。


「……終わったんですね、遠征」

 指先に触れるのは、壺付きのマント。

 あの旅の間、ずっと自分を支えてくれたもの。


 目を閉じると、アーシスの声が蘇る。

 あの時の笑顔、真っ直ぐな瞳。

 気づけば、頬が少し熱くなっていた。


「……私は、どうして……」

 夜風が、静かに流れていく。


 遠くから、エピック・リンクの笑い声が微かに聞こえた。 シルティの笑い声、アップルの明るい声、マルミィの優しい返事。


 ナーベはそっと微笑んだ。

「……また、会えますよね」


 月の光が、彼女の銀の髪を静かに照らした。



   ◇ ◇ ◇


 ──休日の終わり。

 それぞれの場所で、彼らは静かに“次”を見つめていた。


 花冠を編む少女。

 剣を振る少年。

 墓前で誓う青年。

 月に祈る少女。


 その全てが、ひとつの未来へと繋がっていく。

 明日はまた、新しい冒険が始まる。


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ