【196】禁断の合体魔法
放課後の校舎。
人の気配が消えた魔法実験室には、魔力の光がほのかに揺らめいていた。
机の上では、青髪の少女──マルミィ=メルミィが、真剣な表情で魔法陣を描いている。
細い指先が空中をなぞるたびに、淡い光の線が空間に浮かび上がる。
「……よし、出力は安定。理論上は、発動できるはずです」 ひとり小さく呟く。
これは彼女が最近密かに研究している“新型の魔法連結術”。
同時詠唱で二つの魔法陣を完全に重ね合わせ──
属性そのものを融合させる究極の合体魔法。
マナ量、詠唱速度、精神同期──どれか一つでもズレれば暴発は確実。
普通の魔術師には到底不可能な、神業級の魔術。
だが、マルミィは挑む。
なぜなら、その理論を完成させたのは──アーシスたちと共に強くなるためだったからだ。
その時。
──ふよんっ。
窓から一匹の白いもふもふが飛び込んできた。
「にゃっは〜、おつかれマルミィにゃ〜!今日も難しい顔してるにゃ?」
「……にゃんぴんちゃん。ここ、立ち入り禁止です」
「にゃっはっは、気にしないにゃ!」
にゃんぴんは、勝手に机の上に着地すると、マルミィのノートをのぞき込み──
きらり、と目を輝かせた。
「“合体魔法”……にゃ?すごそうにゃ〜!ボクもやってみたいにゃ!」
「い、いえ、これはまだ理論段階で……。失敗すれば爆発……」
「天才だから大丈夫にゃ!」
「そういう問題では、ないです……」
必死に止めるマルミィ。
しかし、にゃんぴんの目は完全に“実験スイッチON”になっていた。
「マルミィとボクなら、息ピッタリにゃ。やってみるにゃ!」
「……ぅぅ、すこしだけ、です」
◇ ◇ ◇
机の中央に並ぶ、二つの魔法陣。
片方はマルミィの淡い青、もう片方はにゃんぴんの白銀のマナで輝く。
「いいですか、にゃんぴんちゃん。詠唱のタイミング、マナ量、魔法陣の大きさ、角度、全部ぴったり同じに──」
「任せるにゃ〜!ボクのリズム感は最高にゃ!」
──不安しかない。
「では、いきますよ。……3……2……1」
マルミィのカウントダウンと合わせ、二人は同時に詠唱を始める。
それぞれの魔法が、同じスピードで展開され、同じ大きさの異なる魔法陣が同じマナ量で構築されていく。
(す、すごい……にゃんぴんちゃん!……ピッタリだ。……でも、この魔法、なんだろう?)
──次の瞬間、魔法陣がピタリと重なり、風圧が床に叩きつけられる。
「《マナリンク・コンジュクト──》」
「《スイート・ニャジック☆ふゅーじょん!》」
──バチィィィィン!!
眩い光が部屋を包み込み、空気が弾ける。
風が唸り、魔法陣が一瞬にして膨張。
そして──爆音とともに、校舎全体が甘い香りに包まれた。
◇ ◇ ◇
「……う、うぅん……。あま……い?」
気がつくと、床一面がカラフルなグミで覆われていた。 壁はチョコレートの板に変わり、天井からはマシュマロがぶら下がっている。
試験管の中は全部カスタード。
窓の外では、砂糖の結晶がふわふわと舞っていた。
校庭の芝はバームクーヘンに変わり、噴水からストロベリーソースが吹き出している。
「にゃ〜〜〜っ!!成功にゃぁぁ!!これが合体魔法にゃっ!!」
「成功……では、ないです!!……にゃんぴんちゃん!なんの魔法使ったんですか!?」
「キャーー!?なんか校舎がケーキになってるんだけどぉ!!」
アップルが廊下から飛び込んできて、叫び声を上げた。
「……あ、アップルちゃん!?どうしてここに」
「なんか甘い匂いしたから来たんだけど、これなに!?」
「……実は、魔法の実験で……」
「スイーツ出す魔法!?マルミィ、将来魔法のスイーツ屋さんにでもなるの?」
「ち、違うんです。……にゃんぴんちゃんが……」
「んにゃん!スイーツ大好きにゃん!」
元気よく飛び上がるにゃんぴん。
「なるほど、にゃんぴんの仕業ね……」
「はい……」
アップルとマルミィは頭を抱えた。
「とにかく、なんとかしなきゃ!」
「は、はい!」
マルミィは必死で鎮静魔法を詠唱する。
だが──魔力の干渉が強すぎて、逆にキャラメルの滝が発生。
「も、もうダメです〜っ!!」
「にゃははっ、甘い世界にゃ〜!おかわり出てるにゃ〜!」
スイーツまみれの実験室に、悲鳴と笑い声が響いた。
◇ ◇ ◇
──夕暮れ。
オレンジ色の光が、甘く焦げた匂いと共に差し込んでいた。
ガチャリ、と扉が開く。
現れたのは、疲労と諦めを抱えた男──担任のパブロフだった。
「……説明してもらおうか」
床にはチョコまみれのマルミィと、クリームの冠をかぶったにゃんぴん。
アップルはホイップの山から顔だけ出している。
「え、えっと……属性融合の実験をしていて……少し、暴発を……」
「スイーツの奇跡にゃ!!」
「…………とにかく、減点だ」
短く告げると、パブロフはそっと額を押さえた。
◇ ◇ ◇
夕日が沈む頃。
廊下の掃除をする二人と一匹の影が並んでいた。
「……反省してます、です」
「……ごめんにゃ〜」
アップルは、短く息をつくと、ふっと微笑んだ。
「でも、ちょっと楽しかったよね?」
「……まぁ、少しだけ」
にゃんぴんがくすくす笑い、マルミィも思わず吹き出す。
ふと、床の片隅。
まだ溶けきっていない砂糖の結晶が、ほんのり光を放った。
マルミィはそれを見つめ、静かに呟く。
「……この現象、データを取っておけば……もしかして……」
隣でにゃんぴんがニヤリと笑う。
「次はもっとすごいの作るにゃ!!」
「──ダメ!!」
廊下に響くアップルの声と、マルミィとにゃんぴんの笑い声。
放課後の空に、甘い香りがいつまでも漂っていた。
(つづく)




