【18】消えたパンと深夜の影
夜の寮は、静まり返っていた。
虫の音すら止んだ深夜、ひとつの部屋に集まった影が四つ。
「……また、パンが消えたのよ」
アップルが真剣な目で言った。手には自作の“食料消失事件”メモが握られている。
「え? また?」
とアーシスが眉をひそめる。
「うん。今週で五件目。ジャムパン、焼き魚、クッキー……なぜか全部、夜食用に取っておいたものばっかり……」
「貴重な食糧が…」
シルティは静かに怒りのオーラを放っている。
「……ま、まさか、魔物?」
マルミィが震える。
「フフ……違うわ。これは──怪盗・ナイトスナッカーの仕業よ!」
アップルの目がきらりと光った。
「……誰だよそれ」
「わたしが今つけた名前。犯人はこの寮にいる!」
アップルは立ち上がり、ズボンのポケットから何やら小道具を取り出す。
「今夜! このアップルちゃんが、真実を暴いてみせるわよ!」
◇ ◇ ◇
午前二時半。
四人は寮の食堂近くの廊下に身をひそめていた。
張り込みを始めてからすでに4時間…、さすがにうとうとし始めたその時──
「……!! 足音が聞こえる!」
アップルのささやきに、はっとして息をのむ。
足音はゆっくりと、こちらに近づいてくる。
「うぅぅ……」
微かに、うめき声のようなものも聞こえた。
(や、やっぱり幽霊……!?)
マルミィが思わず目をぎゅっとつぶる。
その瞬間──
月明かりが差し込んみ、その正体が露わになる。
「……まぼろしの……チーズパン……」
もぐもぐ……と口を動かしながら、食堂の棚を漁る少女。
「──シルティ!?!?」
「!? え? あれ、なんで!?」
先ほどまで一緒にいたはずのシルティが、ぽやん、と寝ぼけ眼でチーズパンを咥えている。
アップルは、ずっこけそうになりながら叫んだ。
「犯人、お前かーーーーーい!!!!」
◇ ◇ ◇
翌朝、食堂。
「う〜ん……あれ? なんか今日、よく寝た気がする〜」
けろっとした顔で朝食をむしゃむしゃ食べるシルティ。
「……昨日のこと、全く覚えてないのか?」
アーシスが聞く。
「うん、ぐっすり。夢の中でチーズパンが追いかけてきた気はするけど……あ、アーシス、それ食べないの? もらうね!」
アーシスの皿からソーセージがスッと消える。
「……まさか、寝てる最中にも食うのかよ……」
隣で、マルミィが小さく笑った。
「……なんだか、こういう日常っていいよね」
その表情は、昨日のシリアスな面影を忘れさせるほど、柔らかだった。
こうして、寮を騒がせた“パン消失事件”は、“シルティの寝ぼけ食い”というある意味想定内の結末で幕を閉じた。。
だが、彼女の食欲が落ち着く日は──まだ、遠い。
(つづく)




