【185】はじめてのレター編② 〜星明かりの野営〜
「えーーーっ!もう出ちゃった!?」
ギルド支部の受付で、アップルの声が跳ねた。──アーシスがレターを受け取りギルドへ向かったと聞きつけ、アップル、マルミィ、シルティが駆け込んできたのだ。
「そうなの、ちょっと緊急の案件でね」
カウンター越しにマーメルが穏やかに微笑む。
「ど、どこに行ったん、ですか……?」
アップルの背に隠れていたマルミィが、そっと顔を出す。
「……ごめんね。レターの内容は内密なの」
マーメルは片目をつむって、申し訳なさそうに舌を出した。
「そんなぁ!わたしたち、アーシスのパーティなんだよぉ!」
身を乗り出すアップルに、マーメルは落ち着いて答える。
「うーん……でも、ギルドに登録されたパーティってわけじゃないし、ねぇ。規定は規定なの、ごめんね」
「でも……一人では危険では……」
シルティが低く呟く。
「大丈夫、一人じゃないわ。──ナーベさんも一緒だから」
「「「えっ!?」」」
◇ ◇ ◇
カタ、カタ、カタ──。
夕暮れの街道を、小さな馬車が揺れながら進む。
車輪が砂利を噛む乾いた音。汗ばんだ革の手綱。──遠くで鳥が一声鳴いた。
手綱を握るアーシスの隣に、ナーベが少し背筋を伸ばして座っている。
「……なんか、巻き込んじゃったな」
アーシスが頬をぽりっとかく。
「……いえ」
短い返事。けれど声は柔らかい。
その時──ガツッ!
車輪が石を踏み、馬車がぐらりと傾いた。
「危ない!」
アーシスが反射的に腕を伸ばし、ナーベの肩を支える。ふっと近づく体温。ふわりと香る薬草の匂い。
「す、すみません……」
ナーベの頬が赤く染まる。
頬の色とは対照的に、陽は山影の向こうへ沈みかけている。
アーシスはキョロキョロと周りを見渡す。
「そろそろ日も落ちるし、今日はあそこの岩陰で野営を張ろうぜっ」
◇ ◇ ◇
「馬車にテントと寝袋あってよかったな!さすがマーメルさん、準備いいな〜」
テントの張り綱を締め直し、アーシスが満足げに頷く。
「手際、いいですね」
ナーベが小さく手を合わせる。
アーシスは「へへっ」と笑みを浮かべると、小声で詠唱し、指先に淡い火種をいくつも灯す。
「それっ」
火球はふわりと漂い、円形に並べた薪の上へ順々に降りていく。乾いた薪がひと拍おいて、ぱちっと火を噛んだ。
「これでよしっと」
「……魔法、うまくなりましたね」
「おっ、そうか?チュチュン先生にしごかれてるからなー」
誇らしげに笑うアーシス。
「それじゃ、俺は晩飯の魚獲ってくるよ!」
「……では、私はキノコや薬草を採集してきます」
◇ ◇ ◇
パチパチパチ……。
すっかり暗くなった岩陰を、複数の焚き火が照らす。
串に刺した魚の油を弾く音と、炙られたキノコの香ばしい香りが漂う。
夜気は冷たいが、炎の周りだけが柔らかい。
「ごく、ごく、ごく……ぷはー!ナーベが浄化魔法使ってくれたおかげで、美味しい水が飲めるぜ!」
「こちらこそ……アーシスのおかげで美味しい魚がいただけるので……おあいこです」
「だなっ」
アーシスの笑みに、焚き火を見つめながらナーベは頬を染めた。
「よし、そろそろいいぞ!食べようぜっ」
アーシスは焼き魚を取ってナーベに手渡した。
串を受け取ったナーベは、そっと一口──目を見開く。
「……!あ、美味しい」
「へへっ。だろっ?」
アーシスは嬉しそうに笑い、魚を頬張る。
焚き火の明滅が、二人の横顔を交互に照らしては隠した。
「……アーシスは、野営に慣れてますね」
「うん?ああ、野営というか、野生にね。小さい頃、爺によく山へ放り出されてたから、生きるために学んだって感じかなっ」
「そうですか。過激なお爺さまですね……」
「ははっ、ナーベはどんな子だったんだ?」
ナーベは串先を見つめ、少し考える。
「……私は。そうですね、私の過去も過激です。……小さい頃から、とにかく魔法の修行ばかりでしたね」
「そっかぁ。ちっちゃい頃から頑張ってきたから、今のナーベはこんなにすごいんだな」
真正面からの言葉が、焚き火より熱い。
ナーベは目を伏せ、火の粉の行方を追った。
「あっ!」
アーシスが急に声を上げた。
「ナーベ、見てみろよ!」
アーシスは空を指す。
夜空には、こぼれ落ちそうな満天の星が輝いていた。
ナーベの瞳が見開く。
風が一段冷え、世界の音がすっと遠のいた。
「こんな綺麗な星空、街じゃなかなか見られないよな」
「……私、星の観察、好きなんです」
静かに告げる声。その瞳に、星の粒がいくつも宿る
「そうなんだ。ナーベの新たな一面、ゲット!へへっ」
星空を見上げるナーベの顔が、みるみるうちに真っ赤に染まる。
「そ、そ、そ、そろそろ明日に備えて休みましょう」
ナーベは立ち上がると、早口で詠唱を開始、テントのまわりへ防御結界を展開。
キィンと透明な膜が張り、薄青い光が草の縁をなぞって消えた。
「おお、すごいっ!これなら見張りもいらないなっ」
「ええ。……交代で眠ってもよかったのですが」
「せっかくだし、まとめて休もう!」
◇ ◇ ◇
Z zz……。
テントの中。寝袋に潜り込んだアーシスはぐっすり眠っていた。
隣の寝袋は──空。
テントの外。
ぱち、ぱち、と静かに音を立てる焚き火のそばで、ナーベはひとり、星空を仰いでいた。
結界の内側、夜露は落ちず、風は柔らかい。
(……困りました。眠れそうにないです)
いつもの無表情とは違う。唇の端が、火に溶ける氷みたいに、ゆっくりほどけていく。
星の瞬きが、頬に映る。
胸の鼓動は、馬車の車輪より、少しだけ速い。
(つづく)




