【184】はじめてのレター編① 〜はじめてのレター〜
──放課後。
「よし、素直に謝ろう、うん。それが一番……」
腕を組んでうんうんと頷きながら、アーシスは校庭を歩いていた。
西の空はゆるやかに茜へと染まり、吹き抜ける風が放課後の空気を運ぶ。
「……でも、大切な二人の思い出の剣だもんなぁ……怒られるよなぁ」
冷や汗を垂らすアーシスのポーチから、ふわっと小さな頭が出てくる。
「激怒にゃ」
「んぐ……」
血の気が引くアーシス。
「……やっぱり、誤魔化せないかなぁ。剣を抜かないまま返せばワンチャン……」
「無理にゃ」
「だよな〜……」
アーシスは空を仰ぎ、長くため息をついた。
夕陽が沁みる。
「……せっかくだし、誰かと一緒に行きたいな〜。何かあった時のこと考えると、やっぱヒーラーがいいかな〜。あ、でもポーションあればいけるし……いやでも──」
ぶつぶつ独り言を言いながら歩いていると──。
ドンッ!!
「きゃっ!」
「あ、ごめんっ!」
反射的に手を差し出す。視線の先にいたのは──。
「あっ、ナーベ」
「……はい」
少し転びかけたナーベが、控えめにアーシスの手を取る。 その瞬間、アーシスの脳内で豆電球がピコーンと光った。
「そーだ!ナーベ、明日からの連休、暇だったりする?」
「……?……特に予定はないですが」
ナーベは首をかしげる。
「じゃあさ、一緒にニメタス村まで行かない?」
「……!?……えっ、えっ?」
みるみるうちに頬が赤くなっていく。
「いや、実は借り物の剣を折っちゃってさ。謝りに行かなきゃなんだけど、距離もあるし、魔物も出るかもだから……ちょっと心強い人を探してたんだ」
「わ、わたしが……心強い、ですか……?」
小さく呟くナーベ。
彼女の耳が、ほんのり赤い。
と、その時。
「あーいたいた!アーシス!」
元気な声が背後から響いた。
振り向くと、筋肉質な体にポニーテールを揺らす女教官──ファラド=ガイストが駆けてくる。
「ファラド先生、どうしたんですか?」
「ああ、ほれっ」
ファラドはひとつの封筒をピンっと飛ばす。
パシッ。
アーシスはキャッチした手元を見つめる。
「……ん?手紙?」
「その紋章……"レター"ですね」
ナーベが静かに呟いた。
──封筒には、ギルドの紋章の封印が押されていた。
「レター??」
アーシスは首をかしげる。
「レターってのはな、ギルドからの個別案件の知らせだ。……学生にレターなんて、まずないんだがな」
ファラドはニヤッと笑い、親指で校門の外を指す。
「とにかく、ギルドへ行ってこい!デートのついでにな!」
「で、デート!?」
真っ赤になるナーベ。
アーシスは「え、いや違っ──」と言いかけたが、ファラドの豪快な背中叩きに声がかき消された。
◇ ◇ ◇
ウィンドホルムのギルド支部。
ガラン、と入口の扉を開けると、受付のマーメルが顔を上げた。
「アーシスくん、来てくれたんだね」
「あ、はい」
「あら、ナーベさんも一緒?」
アーシスの後ろには、控え目に立つナーベの姿があった。
「あの、お邪魔でしたら、外で待っています」
「ん〜ん、構わないわ。それじゃあ、応接室へどうぞ」
◇ ◇ ◇
見慣れた応接室。
しかし、今日はギルマスの姿はない。
「今日はギルマスはいないんですね」
「うん、例のネーオダンジョンの件で出張中なの」
三人はソファーに腰を下ろす。
「さっそくだけど、レターを出してくれる?」
「あ、はい」
アーシスはポケットからレターを取り出す。
マーメルはゆっくりと詠唱をはじめると、空中に小さな魔法陣を描いた。
そこから溢れた淡い光が封筒を包むと、封印が溶けて消えた。
「じゃあ、中を見てみて」
アーシスは封を切り、依頼書を開く。
視線が一瞬で強張る。
「……黒紫のマナ!?」
「そう……。ヤトソ山脈で、魔物が凶暴化しているという情報があったの。──ギルドの調査では、大地から黒紫のマナが漏れているとのことだけど……関連性まではまだわかっていないわ……」
「それで、なんで俺にレターが?」
「うん、実は、クラウディス氏からの推薦なの」
「──えっ!?」
「普通は学生にレターを出すことなんてないんだけど。……S級からの推薦なら、話は別。……彼も向かうから『先に行け』とのことよ」
アーシスは息を呑み、ゆっくりと顔を上げた。
「……わかりました。行きます」
「ありがとうっ!君ならそう言ってくれると思ってたわ」
マーメルが柔らかく笑う。
「それじゃあ、すぐに発ってくれる?」
「え……?すぐ、ですか?」
「うんっ」
「今、ですか?」
「うん、馬車は用意してあるわ」
「仲間を呼びに行っちゃダメですか?」
「そんな時間はないよ。それに、ナーベさんがいるじゃない?」
「……え?」
ナーベはびくっと背を伸ばし、頬を染める。
「がんばってね!」
マーメルは満面の笑みで手を振った。
◇ ◇ ◇
ウィンドホルム北門。
一台の小さな馬車が、赤く染まる空の下を通り過ぎていく。
ポカンとした表情で手綱を握るアーシスの隣には、同じくポカンとしたナーベの姿があった。
夕日を背に、コツコツとひづめの音が響く。
馬の背で丸まるにゃんぴんが、ふわぁ〜とあくびをひとつ。
「……新しい旅のはじまりにゃ〜」
その声を合図に、馬車はゆっくりと地平の向こうへ消えていった。
(つづく)




