【183】帰還〜報告と報酬〜
ウィンドホルムのギルド支部──応接室。
ガタッ……。
報告書を手に持ち、ギルドマスターのエリオットは椅子から転げ落ちた。
横から報告書を見ていたマーメルが小さく呟く。
「これは……S級の危険度、ですね……」
部屋の中には、誇らしげなエピック・リンクの四人の姿。
「よく……よく無事で戻って来たな、ホントに」
椅子に座り直したエリオットは、ハンカチで額の汗を拭う。
「それで、同行したクラウディスはどこだ?」
「ああ、どこか行っちゃったよ。なんか、面倒だから報告は任せるって……」
アーシスは肩をすくめる。
「はは、相変わらずだな、彼は」
エリオットが目を細めると、アップルが首をかしげる
「ギルマスはクディ先生のこと、知ってるの?」
「ああ、彼がまだ駆け出しの頃にね、担当してたんだよ。別の支部だけどね」
「ふ〜ん、先生って、どんな人なの?」
「……一言で言うと、"掴みどころのない男"。──自由奔放、ギルドに縛られず、気ままに各地を渡り歩いてる、風のような生き方──若い頃からあんな感じだ」
「へ〜」
「……だが、一本芯は通ってる。そして、実力は最強クラスだ」
語る声に滲むのは、敬意と少しの懐かしさ。
「彼と一緒なら安心だと思っていたんだが……まさかS級の危険度とはな……はは、心臓に悪い」
再び額を拭うエリオット。
その時──バンッ!
応接室の扉が勢いよく開いた。
「お前ら……無事だったかッ!」
息を切らして飛び込んできたのは、パブロフだった。
「あ、先生!ただいま〜!」
アップルが明るく手を振る。
ソファーに腰掛けるアーシスとアップル。
その背後に立つシルティとマルミィ。
どこか貫禄すら漂う姿に、パブロフは思わず目を細めた。
ほっとしたパプロフは、すっと窓際に歩み寄り、魔導タバコに火を入れ、ふーっとふかす。
「……やれやれ、お前ら、また一段階、強くなったみたいだな」
「へへ、死闘をくぐり抜けたからな」
「も〜、大変だったんだよぉ!」
「死、死にかけました」
「……だが、いい経験だったな」
いつもの騒がしい掛け合いに、パブロフの口元が緩む。
だが次の瞬間、鋭い眼光がエリオットを射抜いた。
「ギルマス……今回は無事だったが、死人が出てもおかしくなかった。 ──学生をネーオダンジョンに送り込む理由、説明してもらおうか」
「そ、それが……私も詳しくは知らされていない……。ただ、これは本部からの指令なんだ……」
(本部、か……)
パブロフが眉をひそめた、その時。
「あっ!」
マーメルが突然声を上げた。
「ど、どうしたの?マーメルさん」
「いえ、すみません。その、ポーチから……」
皆がポーチに目を向けると、ポーチの隙間からにゃんぴんが顔だけを出していた。
「んにゃ?」
「おわっ、にゃんぴん!?起きてたのか」
「んにゃ〜……お腹すいたにゃ〜。報酬もらって帰るにゃ〜」
「報酬か、忘れてた」
アーシスの声に、エリオットが小さく咳払いし、机の上へ布袋を置く。
「おほん、今回の報酬だ。学生だからギルド規定で少し引かれているがな」
エリオットが襟を正して伝えると、四人は布袋の中を覗き込み、目を丸くした。
「す、すごっ!」
「こ、こんなに!?」
エリオットはニコッと笑う。
「今回は正式な依頼だ、ネーオダンジョン級ならこれくらいは当たり前。無駄遣いするんじゃないぞ」
「よし、お前ら、今日はもう解散してゆっくり休め」
「はーい」
パブロフの声に、四人は素直に頷いた。
アーシスが立ちあがろうとしたその時、マーメルがじーーっと、見つめてきた。
「えっ、えっ、ど、どうしたんですか?」
頬を染めるアーシス。それを見て、シルティたち女子三人衆はムッと頬を膨らませた。
「あ、いえ……、その猫ちゃん……少し色が濃くなってません?」
「……え?」
「にゃ?」
◇ ◇ ◇
冒険者育成学校、二年生寮──アーシスの部屋。
「ん〜〜、たしかにちょっと濃い。……マーメルさん、よく気付いたなぁ」
ベッドに腰掛けたアーシスは、にゃんぴんのほっぺをむにむにとつつく。
「……ボスのマナを吸収した影響、か?……にゃんぴん、身体は大丈夫なのか?」
「んにゃ〜、特に変わりないにゃ〜」
「そっ、か」
「それより、"アレ"はどうするにゃ〜?」
「……ああ」
アーシスはベッド脇に置かれた鞘から、折れたホワイトソードをそっと抜いた。
刃は半ばで断ち切られ、鈍い光を放っている。
「ん〜……。借り物なのに、どうしよう……」
額から汗が流れる。
「でもこれ、うまい具合に尖って折れてるから、ワンチャン誤魔化せないかな……」
「絶対無理にゃ」
無茶苦茶言うアーシスに、にゃんぴんがジト目で答える。
「だよな〜。……とは言え、この剣じゃもう戦えないしなぁ」
小さく息を吐き、天井を見上げた。
「……しゃあない、今度の連休、スチールフォージ工房に行ってみるか」
ポサッ。
ベッドに横たわるアーシスの胸元へ、「んにゃっ」とにゃんぴんが飛び乗る。
アーシスは目を閉じる。
長い遠征の疲れが一気に押し寄せ、そのまま静かな眠りへと落ちていった。
──そしてまた、新たな冒険が、幕を開けようとしていた。
(つづく)




