【181】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編⑳ 〜黒紫の決戦〜
にゃんぴんの身体から走った青白い閃光に、怪物の単眼が細くすぼむ。
──その刹那、アーシスはシルティの頭をつかむ腕へ斜め上から斬り込んだ。
《ぬぐっ……!》
筋繊維を裂く手応え。
緑黒の血が霧状に散り、シルティの身体が腕から滑り落ちる。
アーシスは抱きとめると同時に後方へ跳躍し、アップルとマルミィのもとへ滑り込んだ。
「にゃんぴん!」
「んにゃ〜ん」
呼ばれたにゃんぴんは、ぴゅーっと空中を泳ぎ、アーシスの元へ。
「頼む、まずはアップルだ」
「任せるにゃっ」
にゃんぴんの掌から淡い光が湧き、アップルの全身を柔らかく包んだ。光は体温に変わり、鼓動を一拍、また一拍、落ち着かせていく。
「あいつら……」
乾いた笑みを片頬に浮かべ、クラウディスは二体の偽クラウディスとの激戦を再開する。
「……う、ん……」
アップルのまつ毛が震え、瞳に生色が戻る。
「……にゃんぴん?」
「んにゃ〜ん!」
にゃんぴんはヒゲをピーンと張って空中をくるっと一回転。
「アップル!シルティとマルミィを頼む。……あの怪物は、俺とにゃんぴんでやる!」
「……き、気をつけてね」
アップルは深く頷くと、残るマナを絞り、二人へ連続ヒーリングを展開した。
アーシスは一歩、前へ。
怪物と視線が絡む。
「……にゃんぴん、いけるか?」
「準備万端にゃ!」
にゃんぴんは静かに目を閉じる。
黒紫の光が身体を覆い、額に刻印が滲み出た。
怪物の前──剣を構えたアーシスが叫び声を上げる。
「来い!!」
──淡い黒紫の光がほとばしり、細く長いマナの流れがアーシスの全身へ流れ込む。
心臓の奥で針が弾ける痛み。視界が一瞬、赤の濃淡に分解される。
「……ぐ、ぐぐぐぐぐぐっ!!」
血管の一本一本に火を灯すような灼熱。
──だが、アーシスは耐える。
全身を蝕む激痛。
歯を食いしばり、口元に血が滲む。
アーシスの体から凄まじい魔力が放たれ、溢れた黒紫のマナが周囲に暴風のごとく揺らぐ。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!」
咆哮が響き、部屋中の鏡がガタガタと激しく揺れ、──次の瞬間、すべてがアーシスの体内へ収束した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
薄く黒紫の焔を纏ったアーシスが、顔を上げる。
剣を、静かに振り上げた。
「……待たせたな」
「にゃにゃん♪」
にゃんぴんは満足げにふわふわと浮いている。
──部屋の奥。
「……な、なんだあれは!?」
二人の偽クラウディスと乱戦を繰り広げながら、クラウディスは眼を見開いていた。
《……なんなんだ貴様は……》
怪物の声が低く揺れる。
「あ?……決まってんだろ、"正義の味方"だよ!」
ニヤリと笑うアーシスに、単眼の瞳孔が怒りで軋む。
《アム・レイ!》
緑の光束が空気を貫く。
同時に、アーシスの眼に黒紫の炎が灯る。
剣が真っ直ぐ、線で落ちた。
一閃。
音よりも速く撃ち抜かれた光線が、"綺麗に”二つへ割かれた。
《な、なんだと……!?》
「……す、すごい」
アップルが無意識に息を呑む。
《ふぬうぅぅぅ!……"極地強化"!!》
激昂した怪物の六本の腕が、バキバキバキバキと骨鳴りを上げながら、筋肉で膨張していく。
床石が砕け、衝撃波が半円に走る。
アーシスは睨みだけで衝撃波を相殺し、前髪だけが激しく揺れた。
ドゴオッ!!
地面が陥没するほど強く地を蹴り、怪物は大きく跳躍──
《シックス・グラッジ!!!!》
六本の腕を重ね、同時に振り下ろす。
「にゃんぴん!」
「んにゃ!」
にゃんぴんは空中に複数の黒炎を展開し、すぐさまアーシスへと撃ち込む。
ヴオッッ!!
剣を振り回し、アーシスはすべての黒炎を剣に吸収──そして、勢いそのままに下から上へと剣を振り上げる。
「──《黒炎剣》!!」
キィィィィンッ!!
激しい金属音を響かせ、剣と六腕が激突──地鳴りの爆風が鏡の壁を波のようにたわませ、破片の雨が白い稲妻のように走る。
……静寂の中、空中からヒュルヒュルヒュル、と乾いた音が響く。
ズサッ!!
「きゃっ!!」
アップルの足元。
突き立ったのは、折れたホワイトソードの先端。
「……え」
喉が凍り、アップルは煙の向こうを凝視する。
白い靄が、少しずつ薄れていく──
──ザッ。
アーシスが、膝を地についた。
「……!?」
──だが、次の瞬間、
ブシャァァァァァッ!!
部屋全体に、紫色の血が豪雨のように降り注いだ。
──ドサ、ドサドサッ。
同時に、怪物の六本の腕が、すべて地面に落ちる。
《ぐおあぁぁぁ……!!》
怪獣の悲鳴が響き渡る。
アーシスは折れた剣先を見下ろし、その刃に黒紫のマナを濃く灯した。
「……終わりだ」
ズシャアアッ!!
剣は腹部へと突き刺さり、黒い炎がうねりをあげる。
そして──
「おおおおおおおおおおおっ!!」
上へ。
腹から胸、喉、額へ。
一本の黒紫が駆け上がり、怪物の体を切り裂いた。
《ぐぬあああぁぁぁっ!!……くそぉ、羨ましい、貴様らが羨ましいぞおおお……!》
割れた声が砂になり、砕け、風へほどける。
"嫉妬"の怪物は、鏡の欠片よりも細かい灰になって消えた。
──そして。
空中でほどけた“残滓”が、糸のようににゃんぴんへ吸い込まれていく。
青い刻印が一度だけ強く瞬き、すぐに静かに鎮まった。
(つづく)




