【180】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編⑲〜二人の女子の戦い〜
キィン!キィン!キィン!
激しくぶつかる金属音。
三本の刀が交錯し、鏡の迷宮に火花を散らす。
「……くっ」
頬をかすめた刃が、クラウディスの皮膚を裂いた。
血が一筋、頬を伝う。
(流石に二人同時はキツいな……)
クラウディスは咄嗟に後方へ跳躍。
二対一を避けるように、鏡の壁を盾にする。
追撃する二人の“偽”クラウディス。
鏡面を踏みしだく足音が、部屋全体に反響する。
──三人のS級剣士の乱戦が始まる。
障害物が飛び交う壁際に見入っていたシルティの背後で、嫌な音が響く。
《フォース・グラッジ》
ムキムキムキ……!
膨張する四本の腕が、一斉に振り下ろされた。
「……っ!」
シルティは咄嗟に上段を受け止めた──が、横からの突き上げには対応出来ず、鈍い衝撃が腹部を撃ち抜き、シルティの身体が宙を舞う。
──ガシャアァン!!
瓦礫と鏡片を巻き込みながら、シルティが崩れ落ちた。
「シルティ!!」
アップルの悲鳴が響く。
ガシャン、ガラガラ……。
鏡の破片を押しのけ、シルティが立ち上がる。
「……大丈夫だ」
ぺっ、と口から血を吐き出すと、ふぅ……、と大きく息をひとつ。──そして、パッと目を見開いたシルティは、前方へ大きく跳躍──
「──《鬼牙・連斬》!!」
閃光の連撃。
鬼の牙のような斬撃が連続で走る。
怪物は四本の腕で受け止めるが、斬撃の勢いに押され、後退を余儀なくされる。
斬る、斬る、斬る──だが、硬質の筋肉が刃を通さない。
(くっ……力が足りない……!)
シルティは地を蹴って後退。
怪物は、にやっと笑みを浮かべた。
──その時、背後からアップルの声が響く。
「修行の成果、見せちゃうよ!」
アップルの前には、いつの間にか大きな魔法陣が展開されていた。
「《フィジカル"バイ"ブースト》!」
放たれた光がシルティを包む。
空気が一瞬、震えた。
「……な、なんだ……身体が……!」
シルティは自分の中に流れ込む力を感じ取る。
「はぁ、はぁ、……一時的だけど、物理攻撃力が"倍"以上になってるはずだよ!」
額の汗を拭いながら、アップルが叫ぶ。
「す、すごいです。アップルちゃん」
マルミィが微笑む。
「へへ……でも、マナの消耗が激しいから、長くはもたないよ!」
シルティは頷き、剣を構える。
《フォース・グラッジ》
バキ、ムギ、バキバキ。
またしても四本の腕が膨張し、床がめり込むほどの圧が走る。
そして──勢いよく四本の腕を同時に振り下ろす。
轟音。
──だが、その中心で、シルティは動かなかった。
両足を地に食い込ませ、四本の腕すべてを受け止めていた。
《ム…ムム……》
押し潰そうとする怪物。
しかし、シルティは一歩も退かない。
逆に、剣をさらに押し込み、力強く踏み出した。
「──《砕牙》!!」
強力な斬撃が地鳴りを上げると、怪物の強固な腕から紫の血が噴き出す。
《……おのれッ!》
激昂した怪物が再び拳を振り上げる。
しかし、シルティはその動きを読み切っていた。
わずかな隙を抜け、身体を滑り込ませ──大きく跳躍。
(これで──終わりだ!)
緑眼を狙い、剣を振り下ろそうとした──その瞬間、
グググ……ジュバアアアッ!!
怪物の背中が裂け、二本の新たな腕が生え出た。
「……なっ!?」
──次の瞬間、凶悪な衝撃波が爆ぜ、空気が反転する。
シルティは空中で弾き飛ばされ、天井に激突、そこから地面に叩きつけられた。
アップルとマルミィも、巻き込まれた衝撃波に押し流され、壁へと激しく打ち付けられる。
──土煙の中、怪物がゆっくりと歩を進める。
倒れているシルティの側まで来ると、鋭く腕を伸ばし、その頭を鷲掴みにする。そして、全身を持ち上げた。
「……やめろ……」
反対側、部屋の奥でクラウディスが声を上げるが、二体の偽クラウディスに行く手を塞がれていた。
怪物は笑みを浮かべ、拳を強く握る。
バキバキッと骨の軋む音が響く。
──そして、その拳をシルティの頭めがけて振り下ろした。
ズドッ!!!!
轟音が響く。
鏡が砕け、瓦礫が跳ね上がる。
──しかし、シルティに動きはない。
怪物の目が、驚愕に見開かれる。
視線を落とすと、その拳を一本の剣が受け止めていた。
「へへ……残念だったな」
そこに立っていたのは──アーシスだった。
背後のポーチが光る。
「にゃんぴん!アレやるぞ!!」
「んにゃん!」
アーシスの叫びと同時に、ポーチから白い光が弾けた。
にゃんぴんが飛び出し、額に青い紋章が浮かび上がる。
マナが脈打ち、空気が震えた。
──次なる戦いの幕が、上がる。
(つづく)




