【17】マルミィの秘密
休みの日。雲ひとつない青空の下、ウィンドホルムの中心街は買い物客でにぎわっていた。
「わあ……すごい人だね」
マルミィが目をぱちぱちと瞬かせながら、アーシスとアップルの少し後ろを歩いていた。
仮想ダンジョン課題の賞金がようやく支給され、三人はささやかな贅沢をしに街へ繰り出していた。
……ちなみに、シルティは食べすぎでお腹を壊し、寮のベッドで唸っている。
「ほらマルミィ、これ! この魔導ポーチ、可愛くない?」
「わ、ほんとだ……小さいけど収納拡張の符がついてる。すごい……」
「機能重視なとこ、マルミィっぽいな」
そんな他愛のないやり取りをしていたとき——
「……マルミィ?」
通りの向こうから、すっと少女が近づいてきた。金糸の髪、気品ある立ち振る舞い。そして、どこか刺すような視線。
「……モモちゃん……?」
「やっぱり。あんた、マルミィでしょ?」
その少女——モモラシアン=エンドゲーム。魔法大国エンドゲームの第三王女にして、王立魔法学校一年のエース。
「マルミィ、なにそのダサい奴らは」
モモはアーシスとアップルを一瞥すると、鼻で笑った。
「この人たちは……冒険者育成学校の……」
"友達”と口にしかけて、マルミィはうつむいた。
「ふん。馬鹿にして。魔法学校に入れるレベルがありながら育成学校に行くなんて……。あんたは昔からそう。ちょっと魔力が多いからって周りを見下して……!」
「おい、お前、いい加減にしろよ!!」
アーシスが前に出た。モモは目を細め、冷たい笑みを浮かべる。
「いまに見てなさいよ。あんたなんか、すぐにまたひとりになるんだから」
捨て台詞を残し、モモは去っていった。
マルミィは何も言えず、ただ小さく呟いた。
「……モモちゃん……」
「なんだあいつ……」
アーシスは眉をしかめる。
「しかし、すごいとは思ってたけど、マルミィって本当にすごいんだね。魔法学校に入れるレベルなんて」
アップルが感心したように言う。
「魔法学校?」
「アーシスくんは知らないの? 冒険者育成学校が駆け出しの素人集団だとしたら、魔法学校はまさにエリート中のエリート集団だよ」
「へえ……で、なんでそんなヤツがマルミィに……?」
◇ ◇ ◇
街外れの小さな公園。
夕暮れの風が肌を撫でるなか、マルミィはブランコに揺られながらぽつりぽつりと話し出した。
「小さい頃……私、魔力が強すぎて……。知らないうちに、友達を傷つけちゃって……」
アーシスとアップルは黙って耳を傾ける。
「それが、今日会ったモモちゃん……あの子なの。私……怖くなって……それ以来、自分から友達を作るのが怖くなったの。ずっと、一人だった」
夕陽に照らされたマルミィの瞳が揺れていた。
「……魔法学校の試験、実は……体調を崩して、受けられなかったんだ。でも、どこかで……友達ができたらって……だから、浪人せずに育成学校に来たの」
「マルミィ……」
「でもね……私、まだ魔力をコントロールできない。迷惑ばかりかけて、何も変われてないの。
こ、こんなヤツじゃ……誰も、友達になんかなりたくないよね……」
ぽろぽろと涙がこぼれる。
その時だった。
ドゴォォンッ!!
遠く、森の方角から爆発音が響いた。続いて、女性の叫び声。
「なんだ!?」
「行ってみよう!」
◇ ◇ ◇
現場に駆けつけると、体調4メートルはあろうかという巨体、顔はライオンに近く全身が黒鉄のような鱗で覆われた4足モンスターが親子を襲っていた。
地面にひれ伏す母親が、子どもを抱いて震えている。
「ちょっと待って! あれ、B級ですよ!? 今の私たちじゃ、太刀打ちできないよっ」
アップルが青ざめた顔で叫ぶ。
だが、マルミィは黙って杖を握りしめていた。
「マルミィ……ヤレるのか?」
アーシスが訊く。
「……あのモンスターに相性のいい魔法は使える。でも……魔力をコントロールできなかったら……みんなが……!」
震えるマルミィに、アーシスが静かに言った。
「迷ってる暇はねぇ。大丈夫だ、マルミィ。やれ」
その眼差しに、マルミィは小さくうなずいた。
「アップル、その親子は任せた!俺は詠唱が終わるまで時間稼ぎする!」
アーシスは剣を構え、モンスターに突っ込んだ。鋼のような皮膚に刃は弾かれるが、なんとか時間はかせげそうだ。
「く…、まだか……!」
「マルミィ!」
「……いきますっ!」
「《リュミエール・ブランシェ》」
空気が震え、魔力が収束する。見たことのないほど強大な魔法が杖の先に集まった。
だが、魔力が暴れ、マルミィの腕がぶれる。
「だ、だめ……!」
その時、アーシスが背後からマルミィを支えた。両手は魔法の余波で焼けただれていく。
「大丈夫だ! やれ、マルミィ!!」
「うん……!!」
叫びとともに、放たれた閃光の槍がモンスターを貫いた。爆発とともに、魔物は消滅した。
直後、力を使い果たしたアーシスが倒れる。身体はこげこげで、所々から煙が上がっている。
「アーシスくんっ!!」
マルミィが駆け寄り、涙をにじませたその時——
「ヒーリング!」
柔らかな緑の光がアーシスを包む。
「有能なヒーラーがいるのも忘れないでよ」
「アップルちゃん……!」
アーシスは、ふっと目を開けた。
「マルミィ、お前さっき……誰も友達になってくれないって言ってたけどな。俺たち、もうとっくに友達だろ?」
「……アーシスくん……」
「いや、やっぱ友達じゃねぇな…」
アーシスは笑った。
「マブだ。すでにマブ!!
お前の魔法が暴走するならよ、俺たちがいつでも抑えてやる。だから、そんなちっせーこと気にすんなって。な?」
そう言って、マルミィの頭をぽんぽんと撫でる。
夕陽の残照のなか、マルミィはただ黙って涙を流しながら、こくりと小さくうなずいた。
(つづく)




