【178】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編⑰〜修行の成果〜
アーシスは剣を握り直し、ゆっくりと息を吐く。
鏡の角度、足場の位置、反射の経路──注意深くあたりを見回す。
四本の腕を警戒していると、怪物の単眼が細く笑い、力なげに腕を垂らした。
──次の瞬間、囁くような声が響く。
《もっと、奪わせろ──〈アイ・レイ〉》
「っ!?」
緑色の光束が放たれる。
先ほどよりも遥かに密度の高い、光の束の群れ。一本一本が命を奪うレーザーとなり、空間を切り裂く。
「……おいおい、なんて量だよ…………来るぞ!!」
クラウディスが叫ぶ。
と同時に、怪物の四腕が広がり、鏡の檻が連鎖する。
光線の跳弾地獄が、ひび割れた迷宮を縫って迫る。
「《フロストバイン》!」
マルミィは氷の蔓を鏡へと走らせる。
鏡面が白く曇り、冷気が広がる。反射率の高い面を片っ端から潰していく。
「ナイスマルミィ!次は私ねっ──《リフレクト・アンクル》!」
アップルがステップするたび、足元と空中に光のプリズム面がパッと咲く。
キィィンと鋭い音を立て、光線が軌道をずらした。
「よっしゃ!!」
アーシスは鞘を抜きざまに振り上げ、殺線を弾く。
シルティは刃裏で鏡の角度を切り替え、反射角そのものを造り替える。
地獄の雨は、寸前で逸れた。
閃光が背後の鏡を焼き、熱波が髪を焦がす。
(……いい連携だ)
クラウディスは口元を緩め、一歩、前へ。
刀を軽く払う。空気の皺を撫でるように。流れた気流が、光の線を一寸だけずらした。
「──行け」
短い一声。
その瞬間、アーシスの身体が跳ね上がった。
わずかに開いた生存域へ、飛び込む。
「うおおおおおぉぉっ!!」
──だが。
《エンヴィクラッシュ》
「──しまっ!」
緑眼が閃いた瞬間、アーシスの体がふっと軽くなる。
握る力が抜け、筋肉の芯ごと“何か”に吸われていく。
「くそぉっ!!」
叫びと共に剣を振り下ろす。だが、刃は弾かれ、虚空を切った。
怪物の腕が膨張し、ムキムキと音を立てる。
右腕が伸び、着地直前のアーシスの足首を掴んだ。
「──ッ!!」
次の瞬間、怪物はそのままアーシスの体を壁へ叩きつけた。
「《シールド・フォース》!!」
ヴァイィンッ!
アップルの光壁が間一髪で防御──だが、反発力で跳ね返され、アーシスは地面に叩きつけられた。
頭から血が流れ、意識が飛ぶ。
「アーシス!!」
アップルが駆け寄り、詠唱を開始。
「《ヒーリング・プリズム》!」
光が傷口に集まり、血流を止める。
「…………くっ」
冷や汗を流しながら剣を構えるシルティの後ろから、マルミィの声が飛ぶ。
「シルティちゃん、時間稼ぎ、お願い。──新魔法、喰らわす」
マルミィは詠唱に入る。両手を広げ、瞳に決意の光を宿す。
「……新魔法か、いいな。……じゃあ私も修行の成果を試すか」
シルティはシュルルッとネックスカーフを外すと、それを目に巻いた。
──視界を封じる。
「シ、シルティ!?」
アーシスの回復を続けるアップルから心配の声が漏れる。
シルティは静かに呼吸を整え、剣の切っ先を相手の喉に定め──剣を頭の横に構える。
ジリ……。
「…………いくぞ!」
地を蹴る。
足裏の爆発音と共に、姿が掻き消える。
「──洋剣居合《星彩剣技》!!」
一瞬で間合いを詰め、突き出した刃が閃光を描く。
怪物の目が光る──《エンヴィクラッシュ》。
だが、シルティは止まらない。
読んでいるのは、光ではなく“気流”。
剣先が怪物の頬を切り裂く──と同時に身体を捻り、回転剣撃を舞う。
《ぐぬあぁ!!》
悲鳴と共に、怪物の肩から腕にかけ、紫色の血飛沫が舞った。
「……目を閉じてエンヴィを回避。心眼で動きを読んでの居合からの回転乱舞。……やるな、嬢ちゃん」
クラウディスが低く呟く。
だが、次の瞬間、異様な気配に眉をひそめた。
背後から──轟く熱。
「はああああああああっ!!」
「……なっ!?」
振り返ったクラウディスの視界を、紅と黒の炎が満たした。
マルミィの両手に宿る双炎が、獣のように唸り声を上げている。
右の掌に“陽炎”、左の掌に“煉獄”。
それをゆっくりと合わせた瞬間、爆ぜるような音と共に炎が弾け、マルミィの身体ごと包み込む。
「!!?」
燃え上がる魔力の中から、小さな声が聞こえる。
「……いきます」
ゴオォゥァッ!!
轟音と共に、業火がマルミィの指先に収束される。
黒と赤の混ざる渦が、指を絡めて形どられた魔法陣に宿る。
そして──
「──《インフェルノ・インフェルノ》!!」
ドゴオオオオオッ!!
爆音。
轟炎。
業火が咆哮を上げ、鏡の空間を焼き尽くす。
炎の衝撃波が空気を歪ませ、光を屈折させる。
怪物の体を貫いた火柱が、天井を突き破った。
──ドサッ。
マルミィが、糸の切れた人形のように倒れ込む。
「っおい!……大丈夫か!?」
クラウディスが駆け寄る。
その身体には黒い煤が付着しているが、皮膚は無事だった。
(……あれだけ巨大な炎を展開しながら、自分の全身に保護魔法を同時展開してたのか……なんて子だ)
ハイポーションをさらっとかけると、クラウディスは立ち上がり怪物を睨む。
(……やった、のか……?)
煙の向こう、黒く焦げた巨体が崩れ落ちていく。
床にこぼれる灰が、静かに風に散った。
(つづく)




