表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/188

【177】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編⑯ 〜グリーンアイドモンスター〜


 ギュン。


 ほとんど音はなかった。

 ただ、空気の層が一枚だけ裏返ったみたいな、いやな感覚だけが頬を撫でる。


 クラウディスの刀が、アーシスの眼前に──"突然、そこに”あった。


「えっ──」

 突き上げ。見えないほどの至近の初動。

 アーシスの瞳孔が極端に収縮する。

 次の瞬間、


 ──その刃はアーシスの頬をかすめ、後ろのマルミィを貫いた。


「……っ!?」

 鮮やかに血が舞い、崩れ落ちるマルミィに追い討ちの一撃を振り下ろす。


 斜めに切り捨てられた身体からは、豪雨のように血が吹き荒れ、そして、マルミィの身体は灰煙を吐き出し、霧となって消えた。


「……なっ!?」

 アーシスのこめかみを冷や汗が伝う。


「……どんな時でも冷静さを忘れるな。そして、常にまわりを観察しろ」

 クラウディスは刀を下ろし、ストローを揺らす。


「せ、先生!……なんでマルミィの偽物わかったの??」

 アップルが目を丸くして問いかける。


「……ふっ。"勘"だ!!」

「!!?」


「……冗談だ」

 無表情でストローを揺らすクラウディスを、アップルたちの怒りのオーラが包む。


「いいか、こいつらはただ真似してるだけじゃない。"目的"を与えられている……お前らを"殺す"という目的がな」

 クラウディスはレディオに寄りかかり、ミックスジュースを飲みながら一同を見回す。


「俺の偽物を倒す時、一瞬、その"目的"が顔に出たのさ。……それがコンマ数秒であっても、見逃さないのが"S級"だ」


 張り詰める空気。

 喉の奥でゴクリ、と音がした。


 ゆっくりと戻ってきたクラウディスは、一人のアーシスの前で立ち止まり、にやりと笑みを浮かべた。


「ちなみに、他の三人の偽物が誰かも、もうわかっている」


 ──その言葉と同時に、残りの偽物三体──アーシス、シルティ、アップルが霧状にほどけ、シュウウッ!と鏡へ吸い込まれた。


「!?」

 すべての鏡が同時に緑光を帯びる。

 部屋の温度が三度下がる。皮膚の内側を、ざわざわと泡立つ“音”が走る。


 ──囁き声。

《フフ……いい気になるなよ、人間……》


 壁の鏡から、天井の鏡から、床に映る鏡から──

 無数の緑の単眼が、ゆっくりとこちらに“目を開く”。


「……グリーンアイドモンスター、か」

 クラウディスが低く呟く。


「来るぞ、"本体"だ」


 鏡の世界が裂け、緑眼の影が立ち上がる。

 四腕、節くれだった黒い筋肉、胸くうの奥で蠢く嫉妬のほむら

 視線が絡みついた瞬間、体温が一度盗まれた気さえする。

 怪物が笑う。


《奪って、奪って、奪い尽くす》


 四本の腕が同時に構えを取る。

 単眼が細く絞られ、光が、音を失って凝縮されていく。


「散開。反射面に注意──目、来るぞ!」

 クラウディスの指示が落ち、全員が鏡の角度を背に取って弾けた。


 緑色の光線が走る。

 床の鏡で反射し、壁で屈折し、天井を跳ね、死角を譲らない"跳弾の殺線"となって襲いかかる。


「《シールド・チャリス》!」

「《アイス・ベイル》!」

 アップルの光盾が刹那の角度をつくり、マルミィの氷膜が反射率を乱す。


 アーシスは身を折り、鞘走りの間合いから一閃。

 シルティは鏡面の角を踏み、反射角そのものを斬って軌道を潰す。


 だが、怪物は嗤った。

《エンヴィクラッシュ》

 緑眼が閃き、アーシスの剣に宿る“圧”が、ふわっと空気に吸われた。


「──ッ!?……なんだ!?力が……」

 アーシスの剣が弾かれる。──手応えが軽い。


「《スピードブースト》!、《ハイガードブースト》!」

 アップルの支援魔法が前衛の二人を包む──が、


 《エンヴィクラッシュ》

 再び緑眼が閃く。

 アーシスとシルティは身体に違和感を感じる。

「……うん?」

 動きが鈍い──アップルから受けたはずの速度支援の効果を感じられない。


「……魔法無効化……か?」

 シルティの呟きに、後ろに立つクラウディスが口を開いた。

「いや、違うな……」


「?」


「やつは、お前らの"力"を吸収している。……見ろ」


 怪物の四本の腕が、ムキムキ、と音を立てて膨張している。

 ──直後、右の二本腕がシルティへ叩き下ろされる。


「くっ──!」

 ドガァァン!

 防御の上から、身体ごと吹き飛ばされる。

 背中から鏡へ叩きつけられ、砕けた鏡の破片が白い雨となって降りかかる。


「シルティッ!」


「……大丈夫だ」

 シルティは片膝をつきながらゆっくりと立ち上がり、唇から流れた血を拭う。


「……お前ら、ヤツの"目の光"に気をつけろよ」

 クラウディスの声が低く落ちる。


 アーシスは剣を握り直し、呼吸を深く。

(……ネーオダンジョン。やっぱり簡単じゃないよな)


 その脅威を改めて感じながらも、その目は死んではいなかった。


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ