【176】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編⑮ 〜黒確〜
鏡の壁が幾何学に連なる中、並び立つ“もうひとつの《エピック・リンク》”。
同じ顔、同じ装備、同じ呼吸。
目線の高さまで一致している。
「な、なんだよこれ!?」
アーシスの叫びが反響し、偽のアーシスの喉元で同じ音が震えた。
クラウディスが刀のツバに指をかける。
アーシスたちも各々の武器を構える。──と、鏡軍勢も寸分違わぬ所作で構えた。
「………!!」
沈黙。
刃の先だけが、わずかに震える。
少しの刻が過ぎた時、天井の隙間から、小さな玉がゆっくりと双方の中間へ落ちてきた──そして、地面に触れた瞬間、
バシュウウウウゥゥン!
玉は破裂、勢いよく黒い煙が噴き上がり、視界が闇に塗りつぶされた。
「うお、な、なんだ!?」
胸くうに冷たい気配が走り、思わずアーシスは剣先を跳ね上げる。
──煙は、すぐに散った。
ほっとまわりを見回すと、先ほどまでとは違う景色が目に入る。
全員の“真横”に、それぞれの偽物が立っていた。
「おわぁっ!?」
「ちょ、これじゃどれが本物かわかんないぞ!」
アーシスがうめくと、隣のアーシスが同じ顔で剣を掲げる。
「お前、自分を“本物”みたいに言うな、偽物のくせに!」
「……!?」
「ちょっと、アーシス!どうすればいいの?」
アップルの声に、二人のアーシスが同時に振り返る。
「「……うん?」」
「「えええええええ!?」」
反応するアップルもシンクロしている。
「ちょっと!マネしないでよ!」
「マネはアンタでしょ!!」
「「うぅ……」」
マルミィは二人そろっておどおど。
「また現れたか……偽物め」
「それはこっちのセリフだ」
シルティとシルティは、今にも斬り合いになりそうな雰囲気だ。
火花が散る。
──そんな中、一人のアーシスがゆっくりと輪の中心から声をあげた。
「ふふ……待て待て、いい事を思いついたぞ!」
注目が集まる中、アーシスは胸を張って続ける。
「偽物がコピーしているのは"表面"のみ!……つまり──下着の色までは把握していないはずだ!」
「なるほど!その通りだ!……お前たち、本物かどうか見極めてやるから一人ずつ下着の色を言うんだ!」
隣のアーシスも同調して胸を張る。
二人のアーシスは、仁王立ちでドヤ顔をしている。
「な、何言ってんのあんたたち!……敵なのに仲良くしちゃって!」
「そ、そうよ!何考えてんの!?」
「うるさい!!本物かどうか見分けるためだ!」
「そうだ!!はやく下着の色を言え!見せてもいいぞ!」
二人のアップルのツッコミを強引にかき消すアーシスコンビ。
すると、シルティが頬を赤く染め、ズボンにそっと手を当てた。
「……うぅ」
「シ、シルティちゃん!?」
「だ、ダメですよそんな!」
マルミィたちは慌てて声をあげる。
「……でも、わかってもらうには……」
もう一人のシルティも恥ずかしそうにズボンに手をかける。
その時、
二人のシルティがハッ、と目を合わせる。
そして、その表情は恥ずかしさから怒りに変わっていった。
「……というかアーシス、下着の色を言ったところで、お前も答えを知らないよな?」
「……どうやって判断する気だ?」
ギクッ、とした時にはすでに時遅し、二人のシルティの回し蹴りが二人のアーシスに炸裂!
「「あべしっ!!」」
「……ったく」
「なにやってんだか」」
アップルたちがため息を吐いた、そのとき──
ドガガガガガガッ!!
壁一面の鏡が、風圧と斬撃に粉砕された。破片が雨のように降り注ぎ、白い土煙が舞い上がる。
──粉塵の中心、二つの影が向かい合っていた。
クラウディス vs クラウディス。
目にも止まらぬ太刀。払う、受ける、流す、抜く──すべてが鏡のように一致する。
斬撃の余波だけでかまいたちが生じ、近づく者の頬を紙のように裂いた。
「ち、近づくな!巻き込まれるぞ!」
シルティの声に、全員が一斉に後退。息を殺して注視する。
ギャイン!!
硬質な音が響き、両者は同時に跳躍。低く着地して距離をとった。
煙が散り、刀を構えたままのクラウディスが低く呟く。
「お前ら、ごちゃごちゃ考えすぎだ。他人のことは考えるな。──ようするに、自分のコピーにだけ打ち勝てばいい話だ」
その言葉は、刃より鋭かった。
四人は、目の前の“自分だけ”を視界に入れる。
「さすが先生、わかりやすいぜ」
「ああ、まったくだ」
二人のアーシスは、剣を構える──そして、
ガキィィン!!
同時に踏み込み、火花を散らす。
次の瞬間、他の戦線も一斉に火を噴いた。
アップル vs アップル──状態異常魔法の激しい打ち合い、そして、かわし合い。
鈍足、沈黙、幻惑、解除、反射。どちらも同じ速度で詠唱を続けている。
マルミィ vs マルミィ──魔導士のマルミィが、まさかの接近戦。お互いの詠唱を殺すため、杖の打ち合いが繰り広げられている。
シルティ vs シルティ──二人は剣を構えたまま、ゆっくりと間合いを見ている。
呼吸、視線、つま先の角度。一歩を奪い合う緊張に汗が流れる。
「はぁ、はぁ……!」
最も消耗が激しいのはアーシスとアーシスだった。
──同じ癖、同じ攻め、同じ“限界”が、互いの刃を止める。
「くそ……同じレベルじゃ、埒があかねぇ」
──その時、激しい金属の裂音が響いた。
視線が斜め後ろに吸い寄せられる
「……ぐっ!」
一人のクラウディスが、胸元から袖口まで斜めに裂かれ、片膝をついた。
血が、刃を伝って床に点線を刻む。
「!!」
戦いの均衡が続いていたアーシスたちは、目を丸くする。
「……いいかお前ら、このコピーたちは、所詮"過去の自分"だ。……とどのつまり、一秒前の自分よりも、成長すれば勝てるってことだ」
刀を肩に担ぎながら、クラウディスはストローを揺らした。
瞬間、四人の胸の中で火がついた。
──ありえないようなことだが、理屈ではなかった。目の前で“越えた”現実を見たからだ。
"この瞬間に、一瞬前の自分を超える!"
アーシスの刃先から、迷いが消えた。
位置取りが半足、深くなる。肩の力がわずかに抜ける。
踏み込みを大きくしたその刹那──
「作戦変更だ!!一人ずつやるぞ!」
クラウディスの怒号が割り込んだ。
「……っ!?」
「ちょ、先生、どーいうこと!?」
混乱するアップルたち。
「いいか、片膝をついているアイツはもう"黒確"だ!!……黒確が出たら一対一に意味はない!……お前ら、全員でアイツをやるぞ!」
クラウディスの叫びが響く。
一瞬戸惑いをみせた後、アーシスたち八人はいっせいに黒確クラウディスに攻撃をかける。
「くっ……!」
剣閃と魔法が集中する。
両斜め上からWアーシスが叩き割り、両サイドから横薙ぎをWシルティが重ね、足元をマルミィが凍らせ、雷をマルミィが落とす。Wアップルの光矢が突き刺さる。
凄まじい連続攻撃に、なす術なく黒確クラウディスは崩れ落ち、そして──その身体は灰煙となって消えた。
短い沈黙。
誰かの喉が、ごくりと鳴る。
(──消えた。ちゃんと“偽物”だ)
胸の隙間に巣食っていた不安が、ひとつ、音を立てて剥がれた。
──緊張が解け、空気が緩んだ。
その瞬間。
クラウディスの神速の刀が、アーシスの顔目掛けて突き上げられた。
「えっ!?」
(つづく)




