【175】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編⑭ 〜鏡の迷宮──二人のシルティ〜
キョロ、キョロ。
アーシスは、あっちのシルティとこっちのシルティを交互に見比べていた。
どちらも同じ顔、同じ髪、同じ服、同じ剣。
表情までまったく同じ。
「……ん〜。同じだ」
顎に手を当て、冷や汗を一筋垂らす。
「バカかお前は!仲間の真ん中にいる私が本物に決まってるだろ!」
後ろのシルティが声を張り上げる。
「……たしかに」
手をポン、と叩くと、アーシスは前方へ振り返る──が。
そこにシルティの姿は、なかった。
「あれ?」
再び後方を振り向くと、後ろのシルティのさらに後ろに、もう一人のシルティが立っていた。
「どわあぁぁぁ!?」
アーシスの目玉が飛び出る。
遅れて気づいたアップルとマルミィも、慌ててアーシスの後ろに身を寄せた。
二人のシルティが、横に並んで仁王立ち──無言で向かい合っている。
「こ、これは……いよいよどっちが本物かわからないぞ……」
アーシスたちは額に汗を流しながら、二人のシルティを見つめる。
「アーシス!私が本物だ。こんなのと一緒にするな!」
「嘘だ!……私が本物だ。アーシス!わかるだろっ!?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って……ね!」
今にも斬り合いしそうな二人を、アップルが慌ててなだめる。
「……アーシスくん、どうしましょう……」
マルミィは半泣きでおどおどしている。
「……よし、俺に任せろ!!」
そう言うと、アーシスは二つのりんごをぽいっと投げた。
放物線を描いた二つのりんごは、二人のシルティの口の中へ。
そして、そのままシャリ、シャリ、とりんごを頬張る──その動きはまったく同じだった。
「……んん〜」
続いてアーシスは、一歩前に出ると、二人の身体をまじまじと舐めるように見回した。そして──
「うん、胸の大きさも同じだな」
二人の胸の前でうん、うんと首を振る。
瞬間──顔を赤くした左右のシルティから同時に拳が飛んだ。
バカッ!ドガッ!
「…………ふっ、凶暴さも同じか……」
二つのたんこぶから湯気を出しながら、アーシスは呟いた。
「いい加減にしろアーシス、こいつは偽物だ!」
痺れを切らした左のシルティが剣を抜くと、
「嘘だ!こいつこそ偽物だ!」
右のシルティも剣を構えた。
一触即発の緊張の中、剣を抑えるようなジェスチャーをしながら、アーシスがそっと口を開いた。
「……まぁ待てよ。最後にひとつ聞かせてくれ。…………俺のこと、好きか?」
「!!?」
予期せぬ質問に、二人のシルティだけでなく、アップル、マルミィも頬を赤く染める。
──部屋の隅ではクラウディスとレディオも頬を赤く染めていた。
「ちょ、ちょっとアーシス、こんな時に何聞いてんのよ!」
アップルが突っ込みを入れる。しかし──
「いや……これは真面目な質問だ。……嘘を言えば、わかる」
アーシスは真剣な目で答える。
すると、左のシルティがすっと半歩前に出て、もじもじしながらアーシスを見つめる。
頬を赤く染め、視線を少し逸らしながら──呟く。
「……す、好きに決まってるだろ……ばか」
ボン!と顔が真っ赤に爆発し、耳まで真っ赤に染まる。
「うんうん、で、右の方の君は?」
アーシスは満足げにうなずきながら、アゴで指図する。
右のシルティは俯き、小さな声で。
「わ、わたしは……わたしも……」
「うん?なんだって?」
耳に手を当ててアーシスが近づく。と、
「バカァァァ!!!!」
シルティはガラ空きのアゴにアッパーをぶちかます。
「ゴフッ!!」
隙を突かれたアーシスは、舌を噛み血を流す。──そして、よろけながらもゆっくりと立ち上がり、剣を抜いた。
「ふっ……これでわかったぞ」
血を拭い、にやりと笑う。
アップルとマルミィは緊張の面持ちで見守っている。
ジリ……とシルティに近づくと、アーシスは剣を振りかぶる。そして──
「偽物は……お前だぁぁぁ!!!」
ギィンッ!!
アーシスが振り下ろした剣を、右のシルティが受け止めた。──そして、ゆっくりと口を開く。
「な、なぜわかった……お前の中のイメージを完全に体現したはずだ」
ふっ──
アーシスは無言で笑みを浮かべた。
(……いや、結局わかんなかったから、順番に斬ろうと思ったんだけどね実は……)
「す、すごいですアーシスくん!」
マルミィが純粋な瞳で拍手を送る。
すると、偽シルティは剣を弾き、後方へ跳躍──、鏡の中へ溶け込むように姿を消した。
「あっ!?」
思わず声が漏れるアップル。一同はまわりを見渡すが、偽シルティの姿はどこにもない。
アーシスが剣を収めると、本物のシルティがボソッと呟いた。
「……よくわかったな」
「あ、当たり前だろ!!全然違うわ!!」
アーシスはえらそうにポーズを取る。が、すかさずアップルが冷めた目で突っ込む。
「……散々"同じだ"って言ってたくせに」
「うっ……。あ!そういえばお前、俺のこと……」
アーシスがシルティの方を向くと、シルティはまたまた顔を赤くして、
「バカァァァ!!!!」
「……げふっ!」
強烈なボディブローがレバーに入りうずくまるアーシス。
(ま、間違いなく本物のシルティだな……)
その時──
「……おい、おふざけの時間は終わりだ」
壁際からクラウディスの低い声が響く。
視線の先──部屋の奥に並ぶ鏡が、不気味な光を放ち始めていた。
〜ふふ、強がるのは今のうちだ〜
どこからともなく怪しい声が響き渡ると、鏡面が波打ち、鏡の中から、アーシス、シルティ、マルミィ、アップル、クラウディスが次々と現れた。
「……なっ!?」
同じ顔、同じ装備。
アーシスたちは目を丸くする。
「……やれやれ、今度は団体戦か」
クラウディスは刀を抜き、ストローを軽く揺らした。
──鏡の迷宮、第二幕が幕を開ける。
(つづく)




