【174】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編⑬ 〜幻影の守護者〜
──ネーオダンジョン《嫉妬の洞》最下層。
空気は重く、紫の瘴気がじわじわと肌にまとわりつく。
ドクン、ドクン──。
奥へ進むごとに、心臓の鼓動がやけに大きく響く。
進むたびに圧が増していくその気配に、誰もが息を呑んだ。
「……止まれ!」
クラウディスの鋭い声が響き、全員の足が止まる。
「っ……!」
緊張が走る。
彼は目を細め、闇の奥を見据えながら呟いた。
「……精神干渉が強いな……このまま進むと、守護者と戦う前にダンジョンに取り込まれる、か……」
それまで余裕を崩さなかったクラウディスの声には、わずかな焦りが混じっていた。
Sランクの彼でさえ、この瘴気を危険と感じている。
その時──
「任せるにゃ!」
アーシスのポーチから、にゃんぴんが勢いよく飛び出した。
ふわりと宙を舞い、くるりと一回転。
その額に、淡く光る青白い紋章が浮かび上がる。
「……!!」
クラウディスの瞳が揺れる。
(……あの紋章。……エルフの古代精霊術……か)
次の瞬間、にゃんぴんの体全体が発光し始めた。
アーシスが慌てて手を伸ばす。
「お、おい、にゃんぴん!なにする気だ!?」
「にゃんぴにゃーーー!!!」
叫びとともに、青白い閃光が爆ぜた。
光は一瞬でエリア全体を包み込み、空気が揺らめく。
──静寂。
「……な、なにが起きたの?」
目を瞬かせながらアップルが呟く。
「結界だ……ダンジョンの幻影が干渉しないようにな……」
クラウディスが低く答える。
「す、すごい……にゃんぴんちゃん、天才です!」
マルミィが拍手を送ると、にゃんぴんは胸を張り、ひげをくいっと上げた。
「えへん、にゃ」
その愛らしい姿に一瞬空気が和らぐ。
だが、クラウディスはふと目を伏せ、静かに息を吐いた。
(……さすが、だな)
わずかに口元を緩めると、表情を引き締め直し、低く告げる。
「いいか、この先に守護者──このダンジョンのボスがいる。ネーオダンジョンのボスとなると、俺ひとりでも倒せるかわからないレベルだ。……お前たちを守る余裕はなくなる」
重い言葉が響き、空気がピリつく。
「……命をかけろよ」
クラウディスの言葉に、アーシスたちはゴクリと唾を呑んだ。
◇ ◇ ◇
最下層の回廊を進むと、耳鳴りのような低い音が響く。
誰も口を開かない。ただ、緊張の息づかいだけが空気を震わせていた。
やがて、古びた紋様が刻まれた巨大な石扉が立ちはだかる。
蔦に覆われたその扉から、うっすらと緑の光が漏れていた。
「……ここだな」
足を止め、クラウディスが振り返る。
そして、ゆっくりとアーシスたち一人一人の顔を見回すと、静かに象獣から飛び降りた。
クラウディスはゆっくりと扉に手をかける。
背後では、アーシスたちが無言で構えを取った。
「……行くぞ」
ギィィィィ──。
鈍い音とともに、石の扉が開く。
その先に広がっていたのは、異様な光景だった。
空間一面に並ぶ無数の鏡。
天井も壁も床も、すべてが鏡面となって光を反射している。
「……気をつけろ。これがこのダンジョンの中枢だ」
クラウディスの声が低く響く。
アーシスは辺りを見回し、奥へと進んでいく。
その時、視線の先に──シルティの姿が見えた。
鏡の奥、すでにかなり先まで進んでいる。
「シルティ!先行しすぎだ、危険だぞ!」
アーシスは思わず声を張る。
──だが、次の瞬間。
「……え?」
背後から、シルティの声。
振り返ると、アップルとマルミィの前に立つシルティがこちらを見ていた。
「……!?」
慌てて再び正面を向く。
鏡の奥にも、確かにシルティが立っている。
「……シ、シルティが、二人???」
《嫉妬の洞》──幻影の守護者との戦いが、始まろうとしていた。
(つづく)




