【172】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編⑪ 〜心を喰らう鏡〜
ダンジョンの中──。
漂っていた瘴気も、囲んでいた鉱石も、気づけばなくなっていた。
いつの間にか一人きりになったマルミィの前に現れたのは、いるはずのない少女── モモラシアン=エンドゲーム 。
「モ、モモちゃん……?…なんでここに?」
戸惑うマルミィを、モモは氷のような瞳で射抜く。
「あんた、相変わらず魔力の制御できないんでしょ?……もうこりごりよ」
「……え?」
マルミィの思考が止まる。
「あの事件、忘れたわけじゃないわよね?」
ビクッ──心の奥に隠していた傷がえぐられる。
「まさか、許されたとでも思ってる?……私は許さない。今の仲間だって同じよ。……あんたに仲間なんか出来ない。一生、一人きり」
その言葉を残し、モモは魔法学校の仲間たちと霧の奥へ消えていく。
膝から崩れ落ちたマルミィの瞳からは、とめどなく涙が溢れていた。
「……うぅ……いや……モモちゃん」
◇ ◇ ◇
アップルは、馴染み深い教室の机に座っていた。
騒がしい2年A組の生徒たち──いつも通りの風景。
ガラッと扉が開き、気だるい表情のパブロフが入ってくる。
「ほら〜、席につけ」
やる気のない言葉にせわしなく生徒たちは席につく。
パブロフの隣には、いつの間にか見覚えのある紫髪の少女が立っていた。
「今日からプティットがA組に転入する」
「……え?」
「きゃあぁ〜!」
戸惑うアップルをよそに、女子たちが黄色い歓声をあげる。
「ようこそ、A組へ!」
頬を赤く染めてグリーピーは跪く。
「プ、プティットちゃんが来てくれて、うれしいです」
照れながらマルミィはプティットの手を取る。
「プティット、一緒にパーティ組もうぜ!」
アーシスが笑顔で飛び出す。
「え?え?、アーシス、エピック・リンクは?」
「なんだ、お前まだいたのか?エピック・リンクは解散だ」
「……いやぁぁぁぁっ!」
◇ ◇ ◇
夕暮れの冒険者育成学校。
そっと目を開いたシルティは、校庭に立っていた。
まわりを見渡すと、アーシス、アップル、マルミィがベンチに座っている。
楽しそうに笑い合っているアーシスたちのもとへと歩み寄るが、三人はシルティに気づかない。
「……みんな」
シルティは呼びかける──しかし反応がない。
「……?」
「おい、アーシス!」
今度は少し声を張り上げる。
だが、三人は見向きもせずに談笑を続けている。
「おい、無視するな!」
シルティが声を荒げると、アーシスたちはスッと立ち上がり、シルティに背を向ける。
──そして、アップルとマルミィはアーシスに腕を絡め、身を寄せる。
「……え?」
やがて、三人はうすら笑いを浮かべながらシルティから離れていった。
「や、やめろ……アーシスを、アーシスを取らないで!」
◇ ◇ ◇
豊かな自然に囲まれた小さな村。
懐かしい故郷の丘の上に、アーシスは立っていた。
森の入口にぽつんと建つ古びた家の中から、賑やかな声が漏れてくる。
「爺か、懐かしいな……」
ゆっくりと歩み寄り、家の扉を開けると──家の中では、知らないこどもが爺から剣を教わっていた。
「……誰?……その子」
久しぶりに会う爺にアーシスが問いかけると、予想外の言葉が返ってくる。
「お前こそ誰じゃ?」
「……え?」
「人の家に勝手に入ってくるでない!」
呆然とするアーシスに、畳みかけるように言葉が放たれた。
「え?え?」
訳もわからないまま、アーシスは家から追い出されてしまう。
◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
──《嫉妬の洞》下層。
薄紫の瘴気と鏡の鉱石に囲まれた空間に、悲鳴と嗚咽が響き渡る。
それは敵の咆哮ではなく、仲間自身の心から溢れた声だった。
心の奥底に潜む嫉妬や不安が幻影となって形を取り、彼らの心を切り裂いていく。
そんな中──精神干渉を受けていない人間がひとり。
「やれやれ……」
レディオの背に寝そべり、ストローを揺らす。
幻影に踊らされ、心を壊されていくアーシスたちを眺めながら、クラウディスはチュウ……とゆっくりミックスジュースをすすった。
(つづく)




