【170】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編⑨ 〜ギョロ目ギョロ目ギョロ目〜
「氷!炎!雷!」
アップルが指を突き出し、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
その声に応じて、マルミィが魔法を次々と放ち、襲い来るギョロ目たちを撃破していった。
──クラウディスの助言を受けたエピック・リンクは、アップルの解析魔法で耐性を見極め、連携攻撃を組み立てていたのだ。
「すごいです、アップルちゃん!」
「ギリギリだけど……視えるようになってきたよ」
「ん?……ギリギリ?」
首をかしげるアーシスに、マルミィが解説する。
「《アナライズアイズ》は、本来強敵には効かない魔法……。つまりアップルちゃんが成長してる証拠、です!」
「ふっ……。そういうことだ。……シャリ」
なぜかドヤ顔でりんごをかじる赤髪の女剣士に、アーシスは心の中でツッコミを入れる。
(こいつ……絶対わかってないだろ)。
「ん〜〜、でも常時展開はやっぱきついねぇ。ボス戦の前にマナ切れにならないよう、気をつけなくちゃ〜」
額の汗を拭うアップル。
(思ったよりやるな……。これを続ければさらに集中力は磨かれる。……それに、こっちの嬢ちゃん──これだけ魔法を連発しても、平然としてやがる)
レディオの背でストローをくわえたまま、クラウディスは内心で評価を下す。
その和やかな一瞬を裂くように──天井の裂け目から一体のギョロ目が奇襲してきた。
「──ッ!」
だが、
──斬ッ!
アーシスの剣が閃き、クラウディスの目の前でギョロ目を真っ二つに切り裂いた。
「…………いい剣だな」
クラウディスが低く呟く。
「ああ、スチールフォージ工房から借りてるんだ」
さらりと答えるアーシスに、クラウディスの瞳がわずかに揺れる。
(こいつはこいつで、ふふ……面白いパーティだな)
◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ。……ったく、何匹いんだよ」
途切れることなく現れるギョロ目の群れに、アーシスが肩で息をする。
疲労を溜めながらも進んで行くと、ようやく次の階層へと続く階段を発見。
アーシスが勢いよく下りようとしたその背に、クラウディスの声が飛ぶ。
「……待て」
「え?」
「……少し休憩だ」
振り返ると、アップルの顔が蒼白に染まっていた。
「あ、ああ……」
アーシスは頷き、仲間たちは階段前の広間で腰を下ろす。水を飲み、傷を癒し、呼吸を整える。
「ほれっ」
クラウディスがアップルにマナポーションを差し出した。
「これ……」
マナポーションはただでさえ高級品だが、色を見てさらに高級なものだと気づき、アップルは戸惑う。
「気にするな、料理のお礼だ」
ぶっきらぼうに返すと、クラウディスはゆっくりとレディオの背にまたがる。
「んん〜〜、さすがに疲れたなぁ、回復してくれぇ」
伸びをしながらアーシスが言うと、肩からかけているポーチがもそもそと揺れ、ぽこんと中からかわいい仔猫が顔を出した。
「んにゃ〜……ここどこにゃ?」
寝ぼけ顔のにゃんぴんはまわりをきょろきょろ。
「いいから回復してくれ〜」
「仕方ないにゃあ」
柔らかな光がアーシスを癒す。
──ぽと。
レディオの背の上、ポカンとしたクラウディスは、それまで咥え続けていたストローを地面に落とした。
「……そ、その猫は」
「ああ、先生は会うの初めてか。にゃんぴん、俺の大事な友達だ」
「……にゃんぴん、だと……」
クラウディスはゆっくりと歩み寄り、じっとその姿を見つめる。
「ん?先生、にゃんぴん知ってるの?」
アーシスは首を傾げる。
「……いや、見るのははじめてだよ」
そう言うとクラウディスはアーシスに目を向ける。
(……そういうことか。パープル)
「!!」
──その時、アーシスたちは暗闇の奥から近づく無数の気配を感じ取った。
「くそ……また来たか」
座っていたアーシスが立ちあがろうとすると、クラウディスがすっと手で静止する。
「……え?」
シュラリ。
腰の日本刀が初めて抜かれた。
次の瞬間、音もなくギョロ目の群れが一斉に真っ二つへと裂け散る。
──視認すらできない、ただ一太刀。
「な……っ!?」
唖然とするアーシスに、クラウディスは冷ややかに言い放つ。
「ふん……男を守るのは性に合わねぇ。鍛えてやるよ、高みまでな」
(つづく)




