【169】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編 ⑧ 〜突入〜
目の前から吹き寄せる、湿った熱気。
まとわりつくような瘴気が、じわじわと骨の奥まで染み込んでいく。
──普通のダンジョンとは明らかに違う。
アーシスたちは、自然と呼吸を浅くし、神経を尖らせていた。
そんな中、アップルが小声でつぶやく。
「ねぇ、あれどういうこと?」
「……知るか」
アーシスは少しイラつきながらチラリと後方に目を向ける。
そこには、ミニサイズの象獣の背で寝そべるクラウディスの姿。
「ああ、こいつか。《レディオ》だ」
「…………………」
誰も名前など聞いてはいなかった。
先ほどまでどこにもいなかったミニ象がなぜ現れたのか?
ネーオダンジョンに入ってまで寝そべっている場合なのか?
しかし……そんな事を考えている余裕がない状況に、アーシスたちはピリついていた。
ゆっくりと歩を進める。
しかし、魔物は現れない。
しばらく進むと、地下へと続く石階段が姿を現した。
神経を削られた緊張感のまま、四人は互いに頷き合い──ゆっくりと階段を下りていく。
小さなレディオも器用に後をついてきた。
階段を下り切りった瞬間、ピリっとした威圧感が重圧のようにのしかかってきた。
「……い、いますね」
マルミィはギュッと杖を握りしめる。
アーシスたちは警戒しながらゆっくりと進む。
すると、暗闇の奥から、ギョロリと光る双眸が浮かび上がった。──現れたのは、見たことのない魔物。
ギョロリとした二つ目に大きなクチバシ。手と足には大きく鋭い爪。真っ赤な身体で二足歩行をしている。
背はアーシスたちとあまり変わりないが、背中には骨の翼が生えている。
大きな目を光らせながら、次々と姿を現すギョロ目の魔物。その数は、十体近くになっていた。
「……多いな」
アーシスは汗で滑りそうな柄を強く握りしめ、剣を構える。
ジリ、ジリ……と距離が縮まる。
そして──
「来るぞ!!」
アーシスが叫んだ瞬間、ギョロ目は勢いよく地面を蹴った。天井、壁、様々な方向に飛び散る魔物たち。
「《ホーリー・ウェブ》!」
アップルが素早く魔法を放つ。
光の蜘蛛糸が網のように展開し、数体の動きを封じた。
「ヴギャッ!」
魔物がもがく間に、マルミィは詠唱を開始する。
「ナイスアップル!」
だが──一体のギョロ目が網をすり抜け、シルティへと襲いかかる。
振り下ろされる鋭い爪。
──ガチィン!!
火花と共に、シルティの剣がそれを受け止める。
「ふん、一体ずつならなんてことはない」
次の瞬間、魔物の胴体をアーシスの剣が切り裂く。
「ヴギャアアッ!!」
魔物は緑色の血を吹き出しながら倒れる。
「く、硬えな……」
そう言いながら、アーシスは手の痺れを振り払う。
「《スピードブースト》!」
「《ハイガード・ブースト》!」
アップルは立て続けに前衛の二人に速度支援、防御支援をかける。
「サンキュー、アップル!」
強化を受けたアーシスとシルティは、次々と飛び込む敵を斬り払い、戦線を押し返した。
「……ほぉ」
レディオの背に寝そべったまま、クラウディスがストローを揺らす。
「いきます!!」
マルミィが叫ぶと同時に、アーシスとシルティは左右へ飛び退く。
「《インフェルノ・フレイム》!!」
轟音と共に、灼熱の炎が広範囲を焼き尽くす。
「ひょ〜、相変わらずすごい威力だな」
舌を巻くアーシスたちをよそに、クラウディスは眉をひそめた。
──刹那、燃え盛る炎の中から、一体のギョロ目が突進してきた。
「……なっ!?」
爪がシルティの喉を狙う。防御は間に合わない。その時、
──ヴァンッ!!
銃声のような音と共に、魔物の眉間に風穴が開いた。
飛び出す緑色の血を顔に浴び、呆然とシルティは振り返る。
「……油断するな」
クラウディスのストローからは、闘気の煙が漂っていた。
マルミィは、ボソッと呟く。
「……炎に、耐性があった……?」
目を丸していたアーシスは、ハッと炎の方を振り返り、剣を構える。
──だが、そこには魔物の残骸だけが残っていた。
「違うな。……個体によって耐性が違うヤツらだったんだ。よく観察しろ」
冷静に言い放つと、クラウディスはミックスジュースをズズッとすすった。
「さっすがS級だね!クディ先生!」
アップルが手を叩く。
レディオに寝そべったクラウディスは、ぽかーんとあっけに取られているマルミィにチラッと目を向ける。
(……もっとも、炎耐性100が残っただけで、多少耐性があるヤツらは、魔法の威力で燃やし尽くしていたがな……)
気を引き締め直すアーシスたち《エピック・リンク》のネーオダンジョン攻略は、まだ始まったばかりだった。
(つづく)