【168】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編 ⑦ 〜恐怖の入口、蘇る記憶〜
──ガタガタ、ガタガタ。
街道を抜け、人気のない山道へ。
《エピック・リンク》を乗せた馬車と、巨体の象獣セフィーロが並んで進んでいた。
あのBBQの夜以来、"クディ先生"とアーシスたちは打ち解けた──ように見えるが、相変わらずクラウディスはセフィーロの背で昼寝をしている。
アップルの料理は気に入ったようで、夕食の時間はウキウキで輪に入ってくる。
セフィーロともずいぶん仲良くなった。
アーシスが馬車からほいっとりんごを投げる。
セフィーロの長い鼻が伸びた瞬間──バシィッ!
シルティの蹴りが鼻を弾き、りんごを強奪。
したり顔でりんごを食べようとするシルティの身体を、セフィーロの鼻がぐるぐる巻にして締めあげる。
「ぐっ……、卑怯だぞ、セフィ……」
なにが卑怯なのかわからないが、二人はすっかりりんごを奪い合うライバルになっていた。
「おいおい、やり過ぎるなよ。セフィ。ほれっ」
アーシスがりんごをもう一つ投げると、セフィーロはシルティを解放して鼻でキャッチ。
「ふん、痛み分けだな……」
シルティとセフィーロが同時にりんごを頬張ろうとしたその時──森の陰からはぐれゴブリンが飛び出した。
──隙あり、とばかりにシルティは鞘でセフィーロのりんごを弾き上げ、空中でキャッチ。
「おいおい、りんごの取り合いはよせよ、獣だぞ!」
アーシスの声は二人には届かない。
怒り狂ったセフィーロは、前足を振り下ろし──ゴブリンを踏み潰した。
「……!!」
粉々になった残骸を見て、アーシスたちは青ざめた。
(……象さん、恐るべし……)
「じょ、冗談だよ。ほれ……」
シルティは冷や汗を流しながら、りんごをセフィーロの口へと投げ戻した。
セフィーロの背では、クラウディスが珍しく目を開けていた。
「…………ガタガタして眠れん」
◇ ◇ ◇
山道を走ること数日。
アーシスたちは、広大なサバンナ地帯に広がる大森林に辿り着いていた。
「……暑い」
あまりの暑さに、装備を異空間収納バッグに詰め込んだアーシスたちは、水着のような薄着になっていた。
葉っぱのうちわを仰ぎながら、汗だくで森を進む。
セフィーロの背では、短パンに上半身裸になったクラウディスが、ストローでミックスジュースをすすっていた。
森を掻き分け、奥地へと進む。
すると、明らかに空気が一変した。
──湿り気を帯びた瘴気が立ちこめ、辺りの木々がざわめく。
「先生ッ!」
アーシスが叫ぶと、クラウディスは短く応えた。
「ああ。……着いたな」
◇ ◇ ◇
広大な森の奥地、大木の根が絡まり合う隙間に、黒い洞穴が口を開けていた。
地面に降り立ったクラウディスは、セフィーロの頬をひと撫でして、アーシスたちに声をかける。
「お前ら、準備はいいか」
装備を整えた四人は、ゴクリと唾を飲んだ。
近づくと、そこには空間の歪みがあることがわかる──"ネーオダンジョン"の入口だ。
いざ歪みを前にすると、胸の奥に眠っていた“あの日”の恐怖が甦る。
あの時より遥かに成長しているはずのアーシスたち。ここに辿り着くまでは、その自信を持ち合わせていた……はずなのに、恐怖と緊張が重くのしかかり、足がすくみそうになっている。
(やれやれ……強がってもまだ学生か……)
クラウディスが声をかけようとした、その時。
パチィン!!
アーシスが両頬を叩いた。
「……ふっ、ぜんぜん怖くないぜ」
赤く腫れあがる頬。アーシスは鼻血を流しながら親指を立てた。
「ぷっ」
シルティは思わず吹き出した。そして──パチィン!!
同じく自分の頬を思い切り叩いて呟いた。
「余裕だ」
アップルとマルミィも、笑みを浮かべて頬を叩く。
《エピック・リンク》の四人から、すでに恐怖は消えていた。
「行こう!!」
声を上げるアーシスを見て、クラウディスはストローを揺らす。
(……たいしたタマだよ)
──ついに、《エピック・リンク》の二度目のネーオダンジョン攻略がはじまる。
(つづく)