【167】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編⑥ 〜BBQと星空〜
ぽかぽかと温い陽気、紺碧の空。
街道を行くのは、一台の庶民的な馬車と──絹と宝飾で飾られた巨大な象獣。
S級冒険者クラウディス=ジューザーは、帽子を目深にかぶり、セフィーロの背でストローを咥えたまま昼寝中。
ウィンドホルムを旅立ってからニ日目。
途中、何度か魔獣に遭遇するも、《エピック・リンク》がなんなく迎撃。
クラウディスは象獣から降りてくる事はなかった。
馬車の中では、アーシスの眉がひねくれていた。
「……あの人、やる気あんのかなぁ?……寝てるだけだけど」
「まぁ、今のところ弱い魔獣しか出てないし、私たちを信頼してるってことじゃない?」
アップルが肩をすくめる。
「……ネーオダンジョンに着いたら、さすがに目は覚ます……はず、です」
マルミィは不安そうに呟き、膝の上で杖を抱きしめた。
「……"手伝う気はない"とか言ってたな」
シルティは淡々と外を見る
「……なんかもう、Sランクってさ、もっとこう、崇高でさ、凛としててさ、……なぁ!?」
モヤモヤが収まらないアーシス。
「たしかに、想像してた"S"じゃなかったね〜」
「まぁ。……Sランクとは言っても、勇者ではなく"冒険者"だ。人それぞれだろ」
シルティのドライな一言に、アーシスはぐぬぬと奥歯を噛む。
「アーシス!そんなこと言ってると、窓から"闘気玉"が飛んでくるよっ」
「はっ!!」
アップルの冷やかしに、アーシスは素でビクついた。
ニ日目の道中は、わいわいと過ぎていった。
◇ ◇ ◇
三日目。
日が暮れかけた頃。
「おりゃああああ!!」
跳躍したアーシスの斬撃が、獣を切り裂く。
街道を行く馬車は、頭を二つ持つ魔獣の群れに襲われていた。
アップルのバフが光り、アーシスとシルティが正面で群れを止める。詠唱を終えたマルミィが、範囲魔法で一気に獣たちを焼き尽くす。
あっという間の迎撃──《エピック・リンク》の完勝。
剣を収めながら、アーシスはチラッと象獣の上を見る。──だが、寝そべるSランクはまったく興味を示していなかった。
アーシスが顔をしかめると、アップルが明るい声で提案する。
「もう日も落ちるし、今日はここで野営を張ろっ。旅も慣れてきたし、携帯食料じゃなくて今日はBBQにしない!?」
「おっ、いいね!」
「賛成、です」
「ふっ、断る理由がない」
パッと表情を変えたアーシスに、マルミィとシルティが続く。
その時、少し離れた場所に留まっていたセフィーロの背中が、少しだけピクリと揺れた。
◇ ◇ ◇
アーシスは川へ魚を取りに行き、シルティは森へ獣を取りに行く。
マルミィは薪を集め、アップルは香草を集めている。
──そして、それぞれが戦利品を持って戻ってきた。
「へへっ、いい感じだな」
「……上々だ」
中央に置かれた食材を囲むように円になった五人は、それぞれが取ってきた戦利品を眺めていた。
──五人?
「おわあぁぁぁ!?」
「きゃあっ!!」
アーシスたちは叫び声を上げる。
──いつの間にか、アーシスたちの輪の中にクラウディスが当然の顔で混ざっていた。
「ク、ク、ク、クラウディスさん……な、なんですか急に!?」
「いや……」
クラウディスは食材を舐めるように見回すと、ボソッと呟いた。
「……で、これをどうするんだ?」
「えっ?」
──BBQと聞いて様子を見にきたクラウディスだが、正直がっかりしていた。
魚、貝、肉。……食材は確かにいい。だが、見たところ焚き火で焼くだけのようだ。
(……しょせん、学生のBBQか)
ため息がこぼれる。──だが、次の光景を見てクラウディスは目を丸くした。
「どうって、料理に決まってるでしょ?」
当たり前のように言うアップルの後ろで、マルミィがポーチ型異空間収納バッグから、次々と調理器具を取り出した。
コンロ、鉄板、グリル、燻製機、串、トング、包丁、調味料セット。
「それじゃあ、はじめるよー!!」
アップルは袖をまくると、手際良く料理をはじめた。
マルミィが料理を手伝い、アーシスとシルティは口笛を吹きながらテーブル、椅子、食器や飲み物を用意している。
(……こ、こいつら。……なんていうBBQスキルだ……!!)
◇ ◇ ◇
「お待たせしましたー!!」
アップルの明るい声が響く。
テーブルの上には、川魚の香草焼き、白ワイン蒸し貝のパスタ、燻製ベーコンに獣肉のステーキ串など、多種多様の料理が並べられていた。
夜風に香りが流れ、星が一つ、また一つと滲む。
クラウディスは固まっていた。
「……あの、どうかしました?」
マルミィの声に、はっと我に返ったクラウディスは席に着く。
「さぁ、食べましょー!」
「いただきまーす!」
四人の声に、ひと言遅れてクラウディスも箸を取る。
──クラウディスは、冒険者になってこのかた、野営でこんなにも豪華な食事に出会ったことがなかった。
ゆっくりと、蒸し貝のパスタを口に入る。
ちゅる。──その瞬間、稲妻が落ちた。
「うっ……うまい!!」
瞳に光が宿る。
──料理スキルのないクラウディスにとって、野営の食事は苦痛だった。
塩がなく、ただ焼いただけの肉や魚を食べることも多く、時には生焼けを食べて腹を下すこともあった。
結局たどり着いたのは、味気ない携帯食料とミックスジュース。
そんなクラウディスにとって、目の前の光景は神だった。
盛り上がるエピック・リンクの面々を横目に、一通り食したクラウディスは勢いよく立ち上がった。
──そして、一同が注目する中、大きく口を開く。
「ごうかぁく!!……お前らごうかぁく!!」
「え?」
「ふっ、なかなかやるな、エピック・リンク!いいだろう、明日から俺のことを《クディ先生》と呼ぶことを許す!!」
そう言うと、セフィーロの分まで肉串を抱え、クラウディスは悠々といつもの場所へ帰っていった。
「……は?」
あっけに取られるアーシスたちは、しばらく言葉が出なかった。
◇ ◇ ◇
「よっ」
小さな灯りが揺れる馬車に飛び乗ったアーシスは、ポーチのチャックをそっと開ける。
香ばしい焼き魚串を近づけると、もそもそ──、動き出したポーチの中から、ぽこっとにゃんぴんが顔を出した。
「んにゃ〜」
焼き魚を見たにゃんぴんは、よだれを垂らしながら、ぱくり、と串に噛み付く。
もぐもぐと満足そうに頬張る姿に、アーシスはほっと微笑んだ。
──最近、にゃんぴんはよく眠る。
黒紫のマナを取り込む“刻印”のせいで、以前より強い眠気に襲われるらしい。
そのうえ、出発前の一週間、アーシスの地獄の特訓に付き合ったことで疲れが溜まったのだろう。
道中はほとんどポーチの中で眠っていた。
アーシスは窓から夜空を見上げる。
──修行の成果は通じるのか。期待と不安が胸の中で静かに混ざり合う。
きらめく星々の下、アーシスは拳を握りしめた。
(つづく)