【166】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編⑤ 〜クラウディス=ジューザー〜
一週間後。
早朝の冒険者育成学校を出発した《エピック・リンク》は、街道を抜けてウィンドホルム関所へ向かっていた。
「馬車はギルドが用意してくれるんだよな?」
呑気に頭の後ろで手を組んだアーシスが言う。
「そのはずです」
「気前がいいよね〜」
マルミィとアップルも緊張した様子はなく、普段どおりの空気を漂わせている。
そんな中、シルティだけはアーシスをじっと見ていた。
(…………顔も体も傷だらけ。よほど無茶な修行をしたようだな)
その視線にアーシスが気づく。
「ん?……ああ、あれな」
アーシスはりんごをひとつ取り出し、ぽいっと投げる。シルティは無言でパクリ。
シャリ、シャリ……
(なんだか久しぶりだな……この感じ)
──だが、修行していたのはアーシスだけではなかった。 シルティ、マルミィ、アップルもまた、一週間のあいだ、出来うる限り己を磨き続けていた。
◇ ◇ ◇
関所の門を抜けて街の外へ出た時、口をあんぐり開けているシルティにアーシスは気づいた。
「ん、どうした?……ああ、りんご足りなかったか?」
アーシスが追加のりんごを取り出すと、その手からりんごがふわりと何かに吸い上げられた。
「……あん?」
後ろを振り向いた瞬間、アーシスは仰天する。
「うおっ!?」
アーシスたちの目の前には、マンモス級の巨大な象獣がどっしりと立ち、その鼻で吸い上げたりんごを口へと運んでいた。
「は!?……まさか、これが俺たちの馬車か!?」
腰を抜かしかけながらアーシスは叫んだ。
「いや、どう考えても象だろ」
「……《象獣》ですね」
シルティとマルミィが冷静に突っ込む。
「私たちの馬車はあっちみたいだよー」
アップルの声に反対側を振り向くと、四人乗りの庶民的な馬車が用意されていた。
◇ ◇ ◇
「…………遅いな」
静かに落ち着いている象獣の横で、アーシスたちは同行するはずのSランク冒険者を待っていた。
「なぁ、待ち合わせはここでいいんだよな?」
「そのはずです」
「馬車もあるし、間違いないよね〜」
アーシスは腕を組み、悪態をつく。
「……こんなに待たせるなんて、Sランクだからっていい気になってるんじゃないか?」
──その瞬間、アーシスの頭に小さな何かがコツンと当たる。
「いてっ」
周囲を見回すが、何も落ちていない。
「……?」
「まぁまぁ、まだ時間もあるし、焦らず待とうよ」
アップルがなだめるが、アーシスは止まらない。
「もう俺たちだけで行っちゃおうぜ。今の俺たちならやれるだろ!」
──その瞬間、
「いてっ!」
またしても何かが頭に当たる。
キョロキョロとまわりを見るが、やはり何も見つからない。
アーシスはじっとシルティを見た。
「お前、……なんかしたか?」
「は?なんの話だ?」
「とぼけるなよ、さっきから……いてっ!!」
三度目のそれはアーシスの顔面にヒット。
マルミィがピクリと反応する──次の一撃が飛来した瞬間、マルミィは小さな魔法壁をアーシスの前に展開する。
──バチン!
見に見えない何かは、アーシスの顔面の前で魔法壁に当たって弾け飛んだ。
遅れてアーシスたちも何者かの襲撃だと気づき、構える。
「魔法……ではないですね。と、闘気、ですか?」
マルミィが呟いた時、象獣の頭上から声が降ってきた。
「……ったく。ようやく気づいたか」
「!?」
そこに腰掛けていたのは、一人の男。──その気配にアーシスたちは気づくことが出来なかった。素早く戦闘体制に入るが、迂闊には飛び込めない。
男は、口に咥えたストローを無表情でゆさゆさと揺らしてしている。
「……そ、そのストローから闘気を飛ばしたんです、か?」
恐る恐る問いかけたマルミィに、男はにやりと笑った。
「正解、嬢ちゃんは合格だな」
「???」
意味がわからず固まるアーシスとシルティ。
その横でアップルが、ハッと顔をあげる。
「もしかして、あなたが同行してくれるSランクですか!?」
(……え!?)
アーシスとシルティは驚きの顔でアップルを見た後、すぐさま男の方を見る。
「ふふ、嬢ちゃんは補欠合格だな。……んで、そこの二人は失格」
「!?」
状況がなんとなくわかったアーシスは、即座に切り替える。
「や、やっぱりな。……そうだと思ってたぜ」
「う、嘘つけ!!」
慌ててツッコミを入れるシルティ。
「ふっ、お前はわかってなかったみたいだな」
「わ、私は最初からわかっていた。だから象にりんごをあげたんだ……」
「りんごは俺が出したんだろ!」
アーシスの煽りにシルティも対抗し、ドタバタがはじまる。
「ちょ、ちょっと、二人ともやめなってば!」
アップルとマルミィがあたふたと止めに入る。
「ははははははははっ!」
その様子を見て、男は大声で笑った。
「お前らバカだなぁ。まあいい、俺はクラウディス=ジューザー。そんでこいつはセフィーロだ」
男はストローを咥えたまま、象獣の鼻をぽんと叩く。
「いいか、同行はするが手伝う気はない。せいぜい死なないよう頑張れよ」
「……!?」
そう言うと、クラウディスはセフィーロの背にもたれてミックスジュースをすする。
あっけにとられるアーシスたち。
──こうして、ネーオダンジョン《嫉妬の洞》への旅は幕を開けた。
(つづく)