【165】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編④ 〜血管を灼く黒紫〜
紫に染まる早朝の空。
静寂に包まれた冒険者育成学校。
対モンスター訓練施設──《通称コロッセオ》。
誰もいない広大な石舞台の中央に、アーシスは立っていた。
その前にふわりと浮かぶのは、なぜかメガネをかけたにゃんぴん。
いつになく真面目な声音で告げる。
「えへん。にゃんぴんはすごいから、放出するマナの量を調整できるようになったにゃ」
「おー」
アーシスはパチパチと拍手する。
「でも完璧じゃないにゃ。調整がうまく行かないと死ぬにゃ」
「えっ?」
「まぁでも命を賭けると言ってたから、気にしないにゃ」
「……ま、まぁ、そうだけど」
瞳の奥に潜む緊張。
アーシスは拳を握り、深く息を吐いた。
「今から、出力を抑えて少量ずつマナを送るにゃ。アーシスはその力を制御するにゃ」
「よっしゃ、じょじょに慣らしてくって感じだな。いつでも来い!」
屈伸し、骨を鳴らして備えるアーシス。
にゃんぴんは静かに目を閉じ、身体を黒紫の光で包んだ。 額に刻印が浮かび──次の瞬間、目を見開く。
「──いくにゃ!」
放たれたのは、肉団子ほどの大きさの小さな光の球。
その小ささを見てほっとしたアーシスの身体に、光の球が触れた瞬間、──心臓を釘で打ち抜かれたような衝撃が走る。
「ぐあああああああああああッ!!」
視界が赤く染まり、全身を焼くような熱が駆け巡る。
にゃんぴんはすぐさま黒紫のマナを吸収する。
膝が砕け、吐血しながら四つん這いになるアーシス。
「……今のはまだ、すずめの涙程度にゃ」
以前よりも小さなマナでありながらこれだけの衝撃を受けたのは、戦闘中のアドレナリンが出ていなかったためである。
だが、そんなことを考える余裕はアーシスにはなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
荒い呼吸のアーシスに、にゃんぴんはヒーリングをかける。
アーシスは息を整えながら、唇を噛んだ。
「くそ……。あれでスズメの涙。……まじかよ」
「…………やめるにゃ?」
にゃんぴんがあくびをしながら問いかける。
「……ッ!やめるわけねぇだろ!……まだまだここからだぜ!」
強がるアーシスを見て、にゃんぴんは笑みを浮かべた。
「いいにゃ、大切なのは"イメージ"にゃ。血管の中を流れる血、そこに黒紫のマナが絡みつく光景を思い浮かべるにゃん」
「ふふ……、イメージか。一番得意なヤツだ。任せろ!」
口から流れる血を拭いながら、アーシスは親指を立ててにっと笑った。
(……ぜったい苦手にゃ)
にゃんぴんの顔がひきつる。
「……いくにゃ!」
「ぐあああああああああああッ!!」
「ま、まだまだぁ!」
「ぐあああああああああああああッ!!」
「もういっちょお!」
「ぐをおおああああああああああああッ!!」
血を吐き、膝を砕き、倒れても立ち上がる。
そのたびにアーシスの瞳には、消えぬ炎が灯っていた。
…………。
──その様子を、コロッセオの柱の陰からひとつの影が見つめていた。
(な……なんていう鍛錬……。これでは、下手をすれば死んでしまう……)
伸ばしかけた手を、ナーベは強く握りしめた。
その場に留まり、ただ黙って見守ることしかできなかった。
(つづく)