【163】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編② 〜やるのかい?やらないのかい?〜
「……またか」
ウィンドホルムのギルド支部──応接室。
魔導タバコを咥えたパブロフが、眉間にしわを寄せながら呟いた。
ギルドマスターのエリオットに集められたのは、職員のマーメル、パブロフ、そしてアーシスたち《エピック・リンク》。
部屋の空気は重く、沈黙の圧が全員の肩にのしかかっていた。
「……ったく、ギルドは何を考えてんだ。"ネーオダンジョン"に学生を行かせるなんて」
パブロフの苛立ちにエリオットは気圧され、額の汗を拭う。
「そ……それは、私もそう思うんだが……」
アーシスたちは動揺を隠せない。胸に蘇るのは、あの忌まわしいネーオダンジョンの記憶だった。
(たしかに……こいつらの実力は、すでに一流冒険者と遜色ない。……だが今回は突発ではなく、他の戦力を回せば済むはず……。なぜギルドは、あえてこいつらに固執する?)
パブロフは煙をふーっと吐き出し、天井を仰ぐ。
「今回は、Sランク冒険者が同行することになっている。君たちにとっても良い経験になるはずだ」
ハンカチで汗を拭きながら、エリオットは無理に笑顔を浮かべる。
「えっ、それって!DDさん!?」
アップルの瞳が一瞬で輝いた。
「いやいや、それが誰が来るかは当日までわからないんだ」「ふ〜〜ん」
DDの名を耳にし、アーシスはかつて掛けられた言葉を思い出していた。
“弱いのは悪いことじゃない。……弱さから逃げるのが、悪いことなんだ”
ぎゅっと拳を握り、口を開く。
「……俺は、逃げない」
「ん?」
小声に反応したシルティが視線を向ける。
「いや……。受けよう。俺たちもあの頃とは違う。腕試しだ!」
「だよねっ!」
アップルが満面の笑みを浮かべる。
「が、頑張ります……!」
マルミィは杖を強く抱きしめる。
「ふっ。断る理由はない」
シルティが静かに頷いた。
「……ったく、腕試しって。遊びじゃないんだぞ」
パブロフは呆れ声を漏らすが、それ以上は止めなかった。
「頑張ってくださいね〜。出発は一週間後です」
マーメルの明るい声が響き、エリオットはようやく安堵の息を吐いた。
◇ ◇ ◇
ガランゴロン──。
ギルドを出る扉に付いたベルが、軽快な音を立てる。
さっきまでの重苦しさは嘘のように、アーシスたちの顔には晴れやかな笑みが広がっていた。
「今度こそ、俺たちの力でやり遂げる」
「うん!」
「……絶対に」
前だけを見つめ、やる気に満ちた会話が弾む。
その“前向きすぎる思考”こそが、彼ら《エピック・リンク》の成長の源だった。
──その姿を、カフェのテラスから見つめる影があった。
眼鏡をかけたノースリーブの女性が、トロピカルジュースを傾ける。
口元に小さく笑みを浮かべながら、視線の先を見据えていた。
「……しばしの休息、とはいかないよね」
通りを行くアーシスたち。その上をふよふよ飛ぶにゃんぴんが、チラッと女性の方を見た。
(……勘がいいこねこちゃんね…)
「どうしたにゃんぴん?」
「……なんでもないにゃ〜」
す〜〜っとすり抜けてパーティの先頭へ飛んでいくにゃんぴんを目で追いながら、アーシスは何かを決意した表情を浮かべた。
──新たな試練の幕が、静かに上がろうとしていた。
(つづく)




