【162】ネーオダンジョン《嫉妬の洞》編① 〜S級たちの邂逅〜
──広大なサバンナ地帯に広がる大森林。
その頂を突き抜けるようにそびえる巨木の枝に、奇妙な男が腰掛けていた。
オレンジ色のダボっとしたつなぎ。赤色の長髪を猫耳型のニット帽で隠し、大きなサングラスで望遠鏡型の魔道具を覗いている。
「ん〜、なるほど、なるほど。やっぱそうだね〜」
男がそう呟いた瞬間──
ガシャン!
枝が揺れる。隣に飛び乗ってきたのは、全身を覆うフルプレートの鎧。
「わかったのか、ビーバー」
現れたのは──ダークデンジャー。
「ん〜、お前…、その鎧暑くないの?」
そう答える男の名は、《ビーバー=スプレッド》。
デンジャーとは腐れ縁の同僚。
「そんなことはどうでもいい、質問に答えろ」
「ああ、ほれ、あそこらへん。発生してるね。"ネーオダンジョン"。……でも、レッドじゃなさそうだね〜」
「……わかった」
デンジャーは短く言い残し、枝から飛び降りて去っていく。
その背中を見送りながら、ビーバーは肩をすくめた。
「やれやれ、影の伝令役が、あんな目立つ格好とはね〜」
◇ ◇ ◇
ウィンドホルムのギルド支部。
静まり返る応接室で、ギルドマスターのエリオットは額の汗を拭いながら口を開いた。
「……また、ですか」
「そうだ!」
威圧的な声が返る。立っているのはデンジャー。
「……いやしかし、ネーオダンジョンはS級案件ですよ。そこへ学生を送り込むなど──」
「大丈夫だ!彼らはすでに一度経験している」
「……あの時は、DDが来てくれたから助かっただけで、下手すれば全滅だったんですよ!」
「心配するな!今回は最初からヘルプを送る」
「……いやしかし」
「これは“総帥”からの命令だ!」
「……んぐ」
その言葉に、エリオットは沈黙するしかなかった。
再び重苦しい沈黙が落ちる。
◇ ◇ ◇
「グヴオォォォォ!!」
薄暗いダンジョンの奥地、三メートル以上はあるであろう魔獣が、紫色の血を流しながら咆哮をあげ、尖った爪を振りおろす。
しかしその瞬間──閃光が走り、魔獣の巨体は一瞬で真っ二つに切り裂かれる。
……カシャン。
紫と青のメッシュの長髪をなびかせ、魔獣を切り裂いた男は静かに剣を収める。
──DD=ブルーブラッドは、とあるネーオダンジョンを攻略していた。
崩れ落ちた"ボス"であろう魔獣は、ピクピクと痙攣し、やがて──パァン!と音を立て煙となって消滅──そして、そこから飛び出した"黒紫のマナ"は、勢いよく四散していった。
「……また、飛び散ったか」
そう呟くと、DDは振り返り、足早にその場を後にした。
◇ ◇ ◇
西方の独立都市ティステント。
世界中のギルドを統べる総本部が存在する都市。
都市の最奥、高い壁に囲まれたさらに奥にそびえ立つ高層の建物は、幾重にも重なるドーム型の結界に守られている。
外壁の周りには、ギルド所属の兵士たちが常に巡回している。
──「世界が滅びても、ギルド総本部だけは残る」、一部ではそう囁かれるほどの要塞だ。
外壁の中央に存在する巨大な門──通称"ギル門"の前。
勇ましい白馬から飛び降りたDDは、顔見知りの門兵たちに声をかけ、本人確認を行う魔道具のスキャンを受ける。
するとその時、
ギギギギギ──と轟音を立てながら、日に数度しか開かないギル門が開かれた。
中から出て来たのは、マンモス級の"象獣"。
その巨大な存在に、門兵たちは一瞬ビクッと動揺する。
煌びやかであり歴史を感じる紋様が織り込まれた豪華なベルベットや絹などの布が、背中や首、足に飾り付けられ、首にかけられた長いネックレスには、色とりどりの宝石が輝いている。
「……セフィーロじゃないか」
DDはそう呟くと、象獣の背の上に目を向ける。
「クラウディス!?いるのか?」
「……あん?」
一拍遅れて声が返ってくる。
「……セフィ」
背に乗る男が合図を出すと、象獣は足を折りたたむ。
「……なんだ、DDか。……ズズ」
象獣の背に寝そべっている男は、咥えたストローでミックスジュースを飲みながら、退屈そうに呟いた。
「久しぶりだね、クディ」
DDはにこやかに声をかける。
「ふわぁ〜。……よっ」
大きくあくびをすると、男は軽やかにジャンプしてセフィーロから飛び降りた。
羽根が豪華に装飾された三角帽子を被り、漆黒のロングコートを身に纏う男の名は《クラウディス=ジューザー》、Sランク冒険者だ。
腰には二本の刀を差し、咥えているストローをぷらんぶらんと揺らしている。
「珍しいな、君がここにいるなんて」
「……呼び出しだよ。お前は?」
クラウディスはセフィーロにバナナを放り投げ、鼻で受け取らせる。
「僕はネーオダンジョン攻略の報告だ」
「……相変わらず、真面目だね〜」
モサモサとバナナを食べるセフィーロの横顔を撫でながら、クラウディスはストローを揺らしている。
「……しかし、今回も倒したボスのマナが各地へ飛び散った。……また魔物たちが強化される……」
DDは眉をひそめる。
「…………放置しても危険、攻略しても悪影響か。……やれやれ、なにかいい手はないのかね〜」
クラウディスも少しだけ真面目な表情を見せる。
「……もしかしたら……」
「あん?」
「……いや、なんでもない。……君の方は、何かの依頼かい?」
「……ああ、それこそネーオダンジョンだ。面倒な依頼を受けちまったぜ」
クラウディスは頭の上で手を組み、面倒そうな顔を浮かべる。
「君が依頼を受けるなんて、珍しいな」
「本当は断るつもりだったんだが……デンジャーのやろう、断れないように誘導しやがって」
クラウディスの渋い顔に、DDは笑みを浮かべた。
「ははっ、まぁ、君なら大丈夫だろ」
「ちっ。ズズズ……」
セフィーロにもたれながらストローをすすり、クラウディスは空を見上げる。
──新たなネーオダンジョン出現を巡り、次の物語が動き出そうとしていた。
(つづく)




