【161】涙の小金稼ぎクエスト
──ガタンッ。
「だまされたあぁぁ〜〜っ!!」
朝の教室に、アーシスの絶叫が響き渡った。
「いやぁ〜、騙してなんかないよ。最初から"タダ"で改築するなんて言ってないからね」
黒板の前に立つパブロフが、にかっと口角を吊り上げた。
「……というわけで、お前らには《授業の一環》として、小金稼ぎクエストをこなしてもらう!そしてその稼ぎを改築費に充てる!!」
なぜかドヤ顔でパブロフは言い放った。
「でも、私たちは被害者だよね!?普通は加害者が弁償するんじゃない!?」
アップルが立ち上がって抗議すると、教室中から「そーだそーだ!」とブーイングが飛ぶ。
「まぁそれはそうだが、お前らも見たろ?最新設備に新校舎。追加で色々作っちゃったから、予算オーバーだ」
「そんな勝手な……!そんなこと聞いてないし!」
生徒たちの顔に一斉に不満が走る。
しかし、パブロフは咥えていた魔導タバコの煙をふわっとはいて一言。
「でもお前ら、もう使ったよな……?」
「うッ……」
──好奇心旺盛な生徒たちは、朝から新設備を使いまくっていたのだった。
バンッ!
パブロフは黒板に次々と依頼書を貼っていく。
「まぁ、これも《授業》だ。修行だと思って取り組め」
張り出された依頼には「ドブ掃除」「外壁塗装」「子供の遊び相手」「草むしり」……挙げ句「迷子のヤギ捜索」なんてものまである。
「ちょ、ちょっと待てよ!どこが授業だよ!この依頼書、雑用しかねぇじゃねぇか!」
グリーピーが真っ赤な顔で喚き散らす。
「世の中、何でも経験だ。社会勉強ってやつさ」
パブロフは煙草をくゆらせながら、さも当然といった調子で言い放つ。
「……うわぁ、完全にバイト扱いじゃん……」
アップルが頬を引きつらせ、マルミィはあたふたと目を泳がせた。
「……わ、わたし……子供の相手とか、む、無理です……」
ざわめきが広がる中、パブロフは一切動じない。
「心配するな。依頼は生徒のレベルに合わせて割り振る。それに!クエスト報酬はお前らのお小遣いにもなるぞ!!……ま、報酬の一部は改築費用として回収するがな」
──こうして、生徒たちを巻き込んだ小金稼ぎクエストが幕を開けた──。
◇ ◇ ◇
「よし、エピック・リンクの四人と一匹には──これだ」 パブロフが依頼票を三枚、ひらりと投げる。
「……荷物運び」「子供の遊び相手」「薬草採取……?」
アーシスが読み上げると、仲間たちの顔が一斉に曇った。
「……やっぱ雑用だな」
シルティが肩をすくめる。
「子供と遊ぶのは、わたしの担当だよね!任せて!」
アップルが両手を挙げ、にゃんぴんも「にゃっぴ!」と元気に応じる。
「んじゃ、荷物運びは俺か……」
「当然だな」
シルティはアーシスの肩を軽く叩く。
「薬草採取は……私、頑張ります……!」
マルミィは胸に手を当て、ぎゅっと目を閉じて小さな決意を見せた。
「じゃ、夕方までに各自依頼を片づけてこい。遅れたらペナルティだからな」
「ペ、ペナルティって何だよ!」
「……小遣い稼ぎクエスト追加」
「畜校がぁぁぁ!!」
◇ ◇ ◇
冒険者ギルド前。
「ぐ、ぐおおお……! こ、これ、鉱石じゃねぇか……!」
アーシスは巨大な麻袋を肩に担ぎ、今にも崩れ落ちそうな足取りで進んでいた。
「ふ……これくらい、楽勝だな」
隣で同じく袋を担ぐシルティが、尋常ではない汗を流しながらも余裕ぶってドヤ顔を作る。
「……ッ!?……ま、まぁ慣れてみればたいしたことないな」
そう言いながら、アーシスはさらに一袋を追加で持ち上げる。
「ふふ、余裕余裕……」
顔を真っ赤にして足をプルプル振るわせながらも余裕ぶるアーシス。
「く……ッ!!」
シルティも負けじと追加で二袋を一気に両肩へと追加でする。
「ぐふっ!……ら、楽勝だな」
全身がプルプルしている。
(くそ……)
アーシスも負けじと追加の袋を持ち上げながら、わざとよろけてシルティの肩にぶつかる。
「おっと、ごめんごめん」
「ぐおぉ…!!」
少しの振動で倒れそうになる身体を無理やり支えると、シルティの服はビリリと裂け!ボタンが弾け飛んだ。
「アーシス、お前!!」
「いやいや、わざとじゃないよほんと」
にやけ顔のアーシスに、シルティは「ほぉ……」と呟き死角から足をかける。
「どわっ!?」
転びかけながらも必死に体勢を立て直すアーシス。
「なにすんだよ!!」
「……わざとじゃない」
二人はバチバチと火花を散らしながら、ほとんど競歩のような早足でギルド前を進んでいった。
「……いい授業にゃ〜」
上空をふよふよ飛ぶにゃんぴんが、のんきに感想を漏らした。
◇ ◇ ◇
「こっちこっちー!」
街外れの広場で、子供たちがアップルの周りに群がっていた。
「わぁ!花が光った!」「もっとやって!もっと!」
アップルは小さな光の魔法を連発し、子供たちの歓声を浴びている。
「お姉ちゃん、すごい!魔法使いみたい!」「ふふっ、ありがと〜!あたし、魔法使いだもん!」
調子に乗るアップルは、得意げに手を振り上げ、今度は花火のような大きな光を空に散らす。
「それ〜〜!!」
「わぁ、きれい〜」
子供たちの目が輝き、笑顔が溢れる。その様子に、アップルの胸も温かくなった。
「次は〜?」
「もっとやって〜」
「いやいや、ぼちぼちマナ切れでね……」
アップルが切り上げようとすると──子供たちの目に涙が浮かぶ。
「やだぁ!もっと見たいぃ!」
「もっとやってよー!!」
「えーん、えーん!」
「……はいはい、わかったわかった」 青ざめながら再び魔法を打ち上げるアップル。
「わ〜、すご〜い!」
「もっともっと〜」
(……やば、くらくらしてきた……)
子供たちの笑い声が空へ弾ける側で、アップルはふらふらしながら魔法を打ち上げ続けるのだった。
◇ ◇ ◇
街外れの林。
マルミィは地面にしゃがみ込み、薬草図鑑と首っ引きで作業をしていた。
「えっと……《ルーミア草》……?これかな……」
青い花弁を揺らす草を摘み、布袋に入れる。
「これがポーションになるのかぁ」
「次は、《ラミアス草》ね……。これは毒消し効果かぁ」
薬草図鑑を見ながら、赤茶色の草を摘む。
「次は……《パーリミア草》、これはマナポーション用か……あ、あった」
特徴のある細長い草を摘む。
「…………」
改めて、依頼書をじっくりと眺めるマルミィ。
依頼書には、びっしりと薬草が書かれている。
「……多すぎだよぉ……夕方までに全部なんて、間に合わないよぉ……」
マルミィは、目をまわしながら必死に林の中を駆け巡るのだった。
◇ ◇ ◇
夕暮れの分校──。
中庭のベンチに、アーシスたちは魂が抜けたようにぐったりと横たわっていた。
「……肩が……上がらねぇ……」
「ふ……同じく……」
アーシスとシルティは石像のように固まったまま倒れ込んでいる。
「はぁ〜……子供って、なんであんなに元気なの……?」
マナ切れのアップルは、にゃんぴんを抱き枕にして倒れ込んでいる。
「……あの草が、この草で……。ポーションが、ローションで……」
マルミィは目を回しながら、ブツブツと何かを唱え続けている。
そこへ、ゆっくりとした足音。
「おーおー、よく働いたな」
パブロフがタバコをくわえ、満足げに彼らを見下ろした。
「さぁ、成果を報告してもらおうか」
アーシスたちがそれぞれ依頼完了の証を差し出すと、パブロフは満足げに頷き──金貨の袋をジャラリと掲げた。
「おぉ……これが、俺たちの報酬……!」 アーシスが思わず目を輝かせる。
──が、
「ほい」
パブロフが袋から取り出したのは、小さな銅貨4枚。
「……えっ?」
「一人、一枚ずつな」
「少なすぎるだろぉぉぉ!!」
アーシスの怒声が夕暮れに木霊した。
「なに言ってんだ?これは授業だぞ、一枚貰えるだけでも感謝しろ」
「そんな〜」
涙目のアーシス。
「おやつ代にゃ〜……」
「……アイス一本すら買えませんよ……」
アップルとマルミィも崩れ落ちる。
「世の中ってのは、そういうもんだ」
パブロフは肩をすくめ、煙を吐き捨てる。
「……畜校ぉぉぉ〜〜!!!」
全員のえんさの叫びが、校内に響き渡った。
こうして、分校改築費を埋め合わせるための《小金稼ぎクエスト》は──報酬よりも疲労と恨みを残して幕を閉じたのであった。
(つづく)




