【160】帰還、新生分校生活のはじまり
カーテンの隙間から差し込む夕焼けが、薄暗い小部屋を朱に染めていた。
その光に浮かび上がる、二つの影。
「へぇ──あの猫がねぇ……。まさか、こんなところに魔王様復活の鍵が隠れていたなんて……」
窓際に立つ人物が、愉快そうに口角を吊り上げた。
扉際に控える影が、無言で次の言葉を待つ。
「あなたは引き続き情報収集を続けてください。……私は教上層部に報告をあげておくわ」
その指示を受けた影は、静かに頷き、音も立てずに部屋を後にした。
残された窓際の人物は、ふっと笑いをこぼし、夕焼けを遮るようにカーテンを閉じる。
部屋は闇に沈み、その笑みだけが浮かび上がった。
◇ ◇ ◇
「戻ってきたね〜〜!!」
馬車から飛び降りたアップルが、両手を広げて大声をあげる。
夕暮れの空を背景に、複数の大型馬車がウィンドホルムの街を抜け、冒険者育成学校の門前に辿り着いていた。
「ん〜、なんだか懐かしいなぁ」
「……だな」
アーシス、シルティ、そして生徒たちが次々と馬車から降り立ち、それぞれの表情で学び舎を見つめる。
そこに──
「よく帰ってきたなッ!!」
門の向こうから腹の底に響くような大声が轟いた。
──校長だ。
「今日はもう遅い。旅疲れもあるだろ、寮に帰ってゆっくり休め!新しくなった学校は、明日の楽しみだな!」
豪快な笑みを浮かべる校長の声に、生徒たちは安堵と高揚の入り混じった笑顔を返し、散り散りに寮へと帰っていった。
◇ ◇ ◇
──翌朝。
「うおおおぉぉぉーー!!」
早朝の校庭に、アーシスの驚嘆の叫びが響き渡った。
そこには、新しく設置された巨大な“魔導アスレチックス”がそびえ立っていたのだ。
「こ、これは……!」
遅れて姿を見せたシルティも、思わず目を丸くする。
「おぅシルティ、見ろよこれ!」
「ああ、本校にあったトレーニング機器だな」
「……ふふ、しかも、本校のより最新型らしいぞ」
校舎の窓から煙草をくゆらせながら、パブロフが声を投げた。
「すげぇ!!」
新しくなった校舎、最新の機器、今までなかった売店や休憩所まで新設され、生まれ変わった分校に、生徒たちは子供のようにはしゃぎ回る。
「……まぁ、その分、これから授業と称したお仕事で稼いでもらうんだけどな……」
パブロフがぼそりと呟いた言葉は、生徒たちの歓声にかき消された。
やがてアップルとマルミィも加わり、エピック・リンクの四人と一匹は中庭のベンチに腰掛ける。
「また今日から授業の再開だな」
「ああ……」
「……もっと、強くならなきゃ、ですね」
「そうだね。世界は広いもんね」
「……よっしゃ!せっかく学校も新しくなったんだ!俺たちも、今まで以上に鍛錬してこうぜ!」
アーシスは立ち上がり、拳を突き上げる。
仲間たちも、その決意を共有するように頷いた。
「《そろそろ朝礼はじめるぞー、お前ら、教室に入れよー》」
魔導スピーカーから響くパブロフの声。
アーシスたちは顔を見合わせ、小さく笑みを交わすと、足並みを揃えて歩き出した。
本校での借り暮らし生活が終わり、また新しい季節が始まろうとしていた。
(つづく)




