【159】本校借り暮らし編㉓ 〜エピローグ 祝祭の夜に〜
──王都イシュヴァル・大広場。
完成したばかりの分校の祝賀と、借り暮らしを終える門出、ついでにアーシスたちの釈放祝い。
そのすべてをまとめて行う特設会場は、色とりどりの魔導ランプと屋台で埋め尽くされ、夜空を明るく照らしていた。
「今日は食え!飲め!笑え!踊れ!──全部まとめて祝いの日だ!全員、バカ騒ぎしろぉ!」
パブロフの豪快な号令に、杯を掲げた生徒たちの声が重なった。
「かんぱーい!」
大広場の夜空が歓声で震え、祝祭は賑やかに幕を開けた。
「串焼き十本ください!あと肉まん五個と焼きそば三人前!」
真剣な眼差しで屋台に迫るシルティ。その姿はまるで決戦に挑む剣士だ。
「げっ……まだ頼むのかよ」
本校の男子生徒がひそひそと囁いた。
──そこへ、颯爽と現れる影。
「ふっ、親父、同じメニューを頼む」
現れたのは、チャーシュー=メーン。合同授業でシルティと同じチームで戦った男だ。
「ふっ、男として、女子に負けるわけにはいかない、な!」
前髪をなびかせるチャーシューを横目でチラッと見たシルティが呟く。
「……誰だお前?」
「ふっ辛辣……」
目を閉じ震えるチャーシュー。
──さらに、新たな挑戦者が現れる。
「俺にも同じメニューを頼む!」
負けじと前髪をなびかせる男の名は、グリーピー!
(ふっ、俺のすごいところ、見せつけてやるぜっ)
「よっしゃー!それじゃ、はじめるよー!」
ホイッスルを持ったアップルが、いつの間にかレフェリーとなっていた。
──箸を構える三人。
「スタートォ!!」
アップルのホイッスルを合図に、三人はいっせいに食べ物に食らいつく。
──が、まさに圧倒的。
シルティの食は修羅──怒涛のごとく食べる、食べる、食べる。
串焼きは一噛みで骨までバリバリ。肉まんは三口で消滅。焼きそば三人前も麺が踊るように吸い込まれていった。
「ひぃ……」
「胃袋が……ダンジョン?」
観戦している本校生たちは蒼白。
「ぷはぁ!美味かった!」
シルティは勝ち誇った笑顔で口をぬぐった。
その隣で──ドサッ。
チャーシューとグリーピーは串と肉まんを口に詰めたまま、泡を吹いて沈んでいた。
屋台の前で仁王立ちのシルティは一言。
「おじさん、お代はこいつらに付けといて」
「おおぉー!!」
なぜかわからないが観客からは歓声があがった。
「シルティちゃん、すごいです」
拍手を送るマルミィの横で、アーシスはシルティの身体をじーーっと舐めるように見つめていた。
「な、なんだよアーシス」
視線に気づくシルティ。
「いやぁ、謎だよなぁ。こんないっぱい食べてんのに、スタイルいいんだもんなぁ」
「ば、ばかぁ……」
シルティは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「アーシスくん、セクハラです」
マルミィがじと目で刺す。
「えっ!?」
◇ ◇ ◇
「これ……気になっていたので」
ドリンクコーナーのカウンターに一人腰かけたナーベは、度数の高い魔導ドリンクを口にした。
数秒後──彼女の頬は桃のように赤く染まり、視線が定まらない。
ふらっと席を立つと、ゆらゆらとよろめいている。
通りかかったアーシスの目に、よろめくナーベの姿が映る。
「おい、ナーベ、大丈夫か?」
駆け寄ったアーシス、ナーベはそのまま腕に身を預けた。
「アーシス……わたしを……守って……」
「な、なななっ!?ナーベ!?」
周囲が「おおーっ!」「大胆!」と冷やかす。
アーシスの心臓は、爆発しそうに脈を打っていた。
「《クリアポイズン》」
そこにやってきたアップルが、冷静に浄化魔法をかける。
──正気に戻ったナーベは自分の言葉を思い出し、さらに真っ赤に。そして──、
「き、気のせいですっ!」
と小声で叫んで人混みへ消えていった。
◇ ◇ ◇
中央ステージでは、陽気な楽団がダンスの調べを奏でている。
側に座ってワインを飲むディスティニーに、男子たちが次々に声をかけていた。
「一曲どうですか!」
「……すみません」
彼女は笑顔で断り続けていた。
「そこをなんとか!」
粘る男子に困った顔を見せた瞬間、アーシスの姿が目に入る。
「ごめんなさい、先約がいるので」
そう言って立ち上がると、通りかかったアーシスに手を差し出した。
「ふふ、踊ってくれます?」
「ん、ああ、俺でよければ」
二人が踊り出すと、観衆からどよめきが起こる。
「ディス様ー!」
「ローズ様ぁぁ!」
女子からの黄色い声援が飛び交い、広場は熱気で包まれた。
ステップの合間、裾がふわりとひるがえりかけた瞬間、アーシスは素早くディスティニーを支える。
微笑むディスティニー。
なぜかしっくり来ている二人の空間の側では、アップルとマルミィが頬をふくらませて眉をひそめていた
◇ ◇ ◇
ダンスフロアの隣のエリアへ行くと、タイガー、トルーパー、レイキュンの幼馴染三人組が仲良くぶどう酒を飲んでいた。
アーシスは笑顔で話しかける。
「タイガー、釈放の件、ありがとなっ」
「なーに、気にすんな。それより、もっと本校に遊びに来いよ!」
豪快に笑うタイガー。
隣では、口のまわりにどばどばにケチャップを付けたトルーパーが、無言でリングポテトを食べている。
「アーシスくん、今度は一緒に冒険しよ〜!」
レイキュンが腕に絡みつくと、すかさずアップルがアーシスの隣を陣取る。
すると──テーブルの下からにょきっとシルティの顔が現れる。
「ちょっとアップル、アーシスとずっと一緒に回ってたでしょ!」
「え、え!? 偶然だよ!」
シルティとアップルが火花を散らす。
さらにマルミィが勇気を振り絞り、小さな声で言った。「……わ、わたしも……アーシスくんと踊りたい……」
「お、おう……」
たじたじになるアーシスを見ながら、にゃんぴんは「にゃふん、モテモテだにゃ〜」と言って空を舞った。
◇ ◇ ◇
「おい小僧ども!」
パブロフが杯を掲げ、声を張り上げる。
「今日くらいは剣も勉強も忘れろ!笑って騒げ!」
両校の生徒たちが輪になり、肩を組んで歌い、踊り、笑う。
その頭上に、次々と大輪の花火が咲き誇った。
アーシスは隣で笑う仲間たちの横顔を見つめ、胸の中でそっと呟く。
(この時間が……ずっと続けばいいのに)
──ただ一人。
ディスティニーだけは花火を見上げず、遠くゼロズの封印が眠る方角を静かに見つめていた。
(本校借り暮らし編、完)




