【15】仮想ダンジョン攻略課題⑥ 〜最下位からの逆襲〜
石畳が続く薄暗い通路の先に、巨大な扉が鎮座していた。 その奥からは、まるで地響きのような低い唸りが漏れ聞こえる。
アーシスたちは、ついに最奥部へとたどり着いていた。
他のパーティを次々と追い抜き、最後の敵へと迫っている。
「……ボス部屋だな」
前に立つアーシスが、ぎゅっと剣の柄を握りしめた。
「いよいよですね……緊張してきましたぁ……」
マルミィが首元をきゅっと押さえる。
「シャリ、シャリ…」
リンゴを咥えたシルティがにやりと笑って剣を構える。
「……気をつけて。ここまで順調だったぶん、最後には罠が来るかもしれないよ」
アップルが静かに言ったその瞬間だった──。
ヒュンッ……!
空気を裂く鋭い音が背後から飛来した。
誰もが振り返るより早く
“アーシス”の胸に矢が突き刺さる。
「アーシスくんっ!?」
「アーシス!?」
矢が飛んできた方向から大きな笑い声が聞こえる。
「ひゃーっはっはっは、やってやったぜ!!ざまぁねえなアーシス!このボス部屋では何が起きても自己責任だぜ!」
下衆な罵声をあげていたのはやはりグリーピー。
──だが、次の瞬間、その“アーシス”はふわりと宙に溶けて消えた。
「!?」
残されたのは、にゃんぴんが作り出した幻影──。
「その手は、食うかよ!」
鋭い声が響いたのは、グリーピーの背後からだった。
本物のアーシスが、グリーピーの背後に回っていたのだ。
「なっ……!」
驚き、弓を落としかけたグリーピーの頬に、乾いた音と共に拳が叩き込まれる。
ゴンッ!
宙を舞うグリーピー。鼻血を噴きながら通路の壁に叩きつけられ、転がる。
「おいおい、いきなりこんなところに出てくるなよ。間違って当たっちゃったじゃないか」
アーシスは拳を拭きながら、ニヤリと笑う。
「……何が起きても自己責任、だろ?」
「て、てめぇ……このどぐそ野郎ぉ……ッ!!」
壁に凭れながらグリーピーが吠えるが、誰も取り合わない。
にゃんぴんは「にゃっはっはー!スカッとしたにゃー」と笑っている。
「もう、行こう。時間の無駄だよ」
アップルが声をかけ、アーシスたちは扉の前に整列する。
「皆。ここからが本当の勝負だ。連携はこれまで通りで、でも……もう一歩先へ行こう」
アーシスの言葉に、皆が頷いた。
── 一つ、深呼吸。
そして。
「行くぞ、ラスボス戦だ!」
重厚な扉が開かれ、まばゆい光の中へ、四人は飛び込んだ。
◇ ◇ ◇
扉の先は、異様な静けさに包まれていた。
広がる空間は円形。天井のないドームのような空間に、黒曜石の柱が等間隔に立ち並び、中央の祭壇には──
「……あれが、ボスか」
アーシスが見据える先。
そこに立っていたのは、漆黒の鎧を纏った巨人型魔獣。 重厚な両手剣を背負い、全身から魔力の瘴気を放っている。
「《黒滅の番犬》、だね……!模擬戦用に魔力制限されたとはいえ、本物に近い!」
アップルが構えながら叫ぶ。
「来るよッ!」
ゴォォォォン!
大地が震える咆哮とともに、魔獣が突進してくる。
「マルミィ、左から!」
「はいっ!」
アーシスが前に出て、真正面から斬撃を受け止める。
刃と刃がぶつかり、金属音が火花を散らす。
「ぐっ……重い!」
剣ごと押し返されるアーシス。だが、その背中にぴたりと控える影がある。
「《風の盾・三重奏》!」
マルミィの風魔法が壁を作り、衝撃を和らげた。
「よっしゃ!反撃いくぞ!」
アーシスが剣を振り抜こうとした瞬間、魔獣が飛び退き、柱の影へ──。
「姿を隠した!?」
「いや、違う……あれ、“分裂”したよ!」
アップルが叫ぶと同時に、柱の陰から複数の魔獣が現れる。 影分身──その全てが実体を持つ強化型幻影だった。
「数で来るか……なら、こっちも分散しよう!」
「私とマルミィで右を引きつける!」
アップルがマントを翻して突進。
「本体の魔力の濃度は中央……あれだな!」
シルティが鋭く本体を指す。
「シルティ、合わせるぞ!」
「了解!!」
シルティが斬り込み、アーシスがそれに連携して横からなぎ払う。
風と斬撃がクロスして、本体へ命中!
バァンッ!!
だが、魔獣はまだ倒れない。
鎧が砕け、むき出しの魔核が光を放つ。
「今だ! にゃんぴんちゃん、あれお願い!」
「にゃんぴにゃー! 幻影《百猫乱舞》発動にゃ!」
幻影の猫たちが爆発的に出現し、周囲の影分身を翻弄。 その間隙を突き、マルミィが魔法陣を広げる。
「風よ……刃となりて敵を断て! 《疾風乱閃》!」
無数の風刃が魔獣の足元を削り、体勢を崩す!
「今が決め時──いくぞ、みんな!」
アーシスが渾身の力で剣を振り上げる。背後からはシルティの風斬り、マルミィの風の加護、アップルの魔力強化が一体となってアーシスの一撃を支え──
「《四重一閃・終式──蒼雷断》!!」
剣が光をまとい、一直線に魔核を貫いた!
ピシィィン……ッ!!
魔核が砕け散り、光と音が爆発のように広がる。
魔獣の身体が崩れ落ち、静寂が訪れた。
──勝った。
しばらく誰も動けなかった。 仮想空間の空が晴れ渡り、光が差し込む。
「……やった……?」
マルミィがぽつりと呟き、次の瞬間、シルティがリンゴを落としながら叫ぶ。
「やったぁぁぁぁぁぁ!!」
アップルも笑顔で両手を挙げて跳ねる。
「やりましたっ、私たち……勝ちましたよー!!」
アーシスは剣を鞘に納め、空を仰いだ。
彼の瞳には、揺るぎない光が宿っていた。
「これが、俺たちの力だ。A-3パーティ、ここに在りってな!」
その叫びに、仲間たちの歓声が重なる。仮想ダンジョン最終日──最下位からの逆転劇は、鮮やかな勝利で幕を閉じた。
(仮想ダンジョン攻略課題、完)




