【157】本校借り暮らし編㉑ 〜再封印、戦いのあと〜
「大丈夫か、お前ら!」
駆け込んだパブロフが、灰を払うように視線を走らせた。
焦げた匂い。砕けた石。
アーシスたちの防具には黒いすすと細かな傷が刻まれ、戦闘の激しさを雄弁に語っている。
シルティがナーベに肩を貸し、タイガーはトルーパーの腕を抱え支えていた。
瓦礫の中で、彼らはどうにか立ち上がり、駆けつけた仲間へと笑みを向ける。
「……まあ、なんとかね」
アーシスが頬をかき、息を整えながら答えた。
「ったく、なんでお前らはいつもトラブルに巻き込まれるんだろうな」
重傷者がいないのを確かめると、パブロフは肩の力を抜き、魔導タバコに火をつけた。紫煙の向こう、彼の視線は石室の奥へ──。
「あれが魔族の封印か……百年以上も経つのに傷ひとつない。立派なもんだな」
ゆっくりと封印に近づき、まじまじと観察するパブロフに、アーシスが頬をかきながら事情を伝える。
「……いやそれが、一度崩れかれたんだけど、封印が再生したんだよ」
「……再生?」
パブロフは、目を細めて振り返る。
「アーシス、シルティ、ナーベ、無事!?」
「い、いつの間にかいなくなるから、心配したです」
アップルとマルミィが駆け寄ってきた。
「わりぃわりぃ、なんか……このダンジョンに引き寄せられちまってよ」
「も〜、シルティも大丈夫?」
……ぐ〜〜。
「……はいはい、りんごね」
アップルはポーチからミニりんごを取り出し、シルティの口にはめ込む。
「シャリシャリ……」
シルティが幸せそうな顔でリンゴを頬張っていると、
「あーっ!タイガー!?」
奥からレイキュンが大声をあげ、タイガーを指差した。
「よぉ、レイ。久しぶりだな〜」
「"久しぶり"じゃないよ〜、なんでここにいるの!?」
レイキュンはタイガーとトルーパーの元へ歩み寄る。
「たまたまよ、地下迷宮をぶち抜いて進んでたら、こいつらに出会ったってわけよ」
「なにそれ〜、相変わらずデタラメねっ」
クスッと笑うと、レイキュンはトルーパーの様子を伺う。
「……大丈夫?もしかして、けっこうやられちゃった感じ?」
にやけ顔のレイキュンに、無言で視線を逸らすトルーパー。
そこへ、アーシスも近づく。
「さっきは助かったぜ、しかし、すごい豪腕だな!」
「お前もな、あれは魔法剣か?いい切れ味だったな」
「へへ、俺は分校二年のアーシス。よろしくな、タイガー!」
「ああ、俺も冒育の生徒、本校二年だ。よろしくな、アーシス」
二人はガシッと腕と腕を合わせた。
「何が生徒よ〜、ほとんど学校に来てないくせに〜。アーシスくん、こいつは興味があるもの見つけるとすぐどっか行っちゃう自由人だから、気をつけてね〜」
レイキュンが間に入ってチャチャを入れる。
「ははっ、レイキュンはタイガーと仲がいいんだな」
「あ、私たち三人は小さい頃からの幼馴染なんだっ」
「……あらぁ、もう片付けてしまったんですね。さすがですね〜」
そこへ、背後からディスティニーの柔らかな声。
振り返ったアーシスは、ディスティニーの姿を見ると、目を細めて心配そうな表情を浮かべた。
「……お前、大丈夫か?」
「え?何がです?」
「いや、なんか力が抜けてるように見えるからさ……」
一瞬驚いた顔を見せた後、ディスティニーは微笑んだ。
「……ふふ、みなさんの危機だと聞いて急いで来たから、疲れちゃったかもですね」
その時、階段の方から複数の足音が重なった。
王国騎士団と王国魔導星団が雪崩れ込み、指揮官の声が石室に響く。
「全員、この場を動かないように!ケガ人がいたら手を挙げて!」
慌ただしく状況確認が開始される。
そんな中、ディスティニーは遅れてタイガーの姿に気づき、口元に笑みを乗せた。
「あらタイガー、戻ってたんです?」
「おうディス、久しぶりだな。……どうだ、このあと久しぶりに」
にやっと笑うタイガー。
「ふふ、いいですね。それならもう一人誘いたい人がいますの」
◇ ◇ ◇
王立軍医療棟。
ゼロズから帰還したアーシスたちは、軍の施設で精密検査を受けていた。
広い待合室。
検査着を着たアーシスは、ディスティニーとタイガーと共に、魔導スマホを手に持って丸テーブルを囲んでいた。
「とりゃ、そりゃ!」
「そこ、ジャンプ!!」
「ここですねっ」
──スーパーマルオアスレチックス2。
白熱する三人を、少し離れたソファからアップルたちが冷ややかな視線で眺める。
「……まったく、さっきまでの状況が嘘みたいね」
「ま、まぁ、元気なのはよかったです、けど……」
マルミィも苦笑いを浮かべる。
「よっしゃあ!!クリア!!」
「レアアイテムゲット!」
「ふふ……」
ドリンクを片手に一息付く三人。
「しかし、まさかアーシスがマルアスやってるとはな。こっちじゃディスしかいなかったから、嬉しいぜ」
「……ふふ、わたしもびっくりしたんですよ」
「いやいや、俺なんて今までソロでしかやってこなかったから、マルチプレイがこんなに楽しいなんて知らなかったよ!」
三人が盛り上がりを見せていると、和やかな空気を切り裂くように、待合室の扉が勢いよく開いた。
「キビル様!!こんなところにいらっしゃったんですか!?」
高価そうな衣装に身を包んだ男が声を張り上げ、さらに数名がなだれ込む。
「あん?どこにいてもいいだろ」
タイガーはたんたんと答える。
「よくありません!お父上が心配しておりますよ!さ、参りましょう」
タイガーは肩をすくめ、立ち上がった。
「たく、しゃあねーな。──ディス、アーシス!楽しかったぜ!またやろうな!」
従者たちに囲まれ、颯爽と連れ出されていくタイガー。
唖然とする一同。
ぽつりとアーシスが漏らした。
「……あいつ、えらいやつなのか?」
「国王の子だ」
隣のトルーパーが、まるで天気の話でもするかのようにさらっと答えた。
「ふぅん、国王の子ね。……えっ?はっ?、国王の??……てことは、あいつ王子!!?」
ガタン、と椅子を蹴ってアーシスが転げ落ちる。
「……まぁそうなるな、何番目かは忘れたが」
「ちょ、混乱して来た」
ぷしゅ〜っ、と音を立て、アーシスの頭から湯気が天井に昇る。
「まあ本人は気にしてないから、別に普通でいいと思うぞ」
トルーパーは無表情でたんたんと語る。
落ち着いた表情でティーカップをすっと持つディスティニーの側で、アップルたち分校の生徒は腰を抜かしていたのだった。
(つづく)




